失敗を恐れずに挑戦を続ける! 米富繊維鰍フCoohem(コーヘン)

家業を継ぐ気持ちが全くないままに東京のアパレルメーカーで営業に従事していた大江健氏が、ふるさとに残されていた交編(こうへん)という技術になぜか引きつけられて、山形県東村山郡山辺町で父親がやっている米富繊維鰍ノ入社をして2年後に、Coohem(コーヘン)という独自のブランドを2010年に立ち上げます。

このとき大江健氏は33歳という若さでした。

米富繊維鰍ヘ1952年に創業したニット生産メーカーですが、作っているのはアパレルメーカーから受注を受けて生産するOEMでした。

このままでは海外からの安価な人件費で作られた輸入品や、デザインの良いものはヨーロッパなどの高級品の間にあって、苦戦をしいられると考えたのです。


でも、山辺町のニット生産者は大江健氏のこの行動を見て、「田舎の小さなニットメーカーが独自ブランドを作っても誰も見向きしないだろう」と思っていたのです。

色も、素材も、太さも、形も違う糸を使って編む技術には生産者の優しさや温もりが込められたものでしたが、一歩進めて美しく世界にひとつしかない作品を作ろうとしたのです。

しかし、すぐに現実に直面します。

アパレルメーカーの下請企業でしたら本当に販売ルートはありませんし、多額の宣伝広告費は使えなかったのです。

従来の交編技術にコンピューターを使ったシミレーションを加えて、糸の質や色合いを工夫したすごい作品を前にして、大江健氏は腕組みをしながらどのようにして知ってもらうかを考えたのです。

すると突然に、パリで行われているファッションの展示会が頭に浮かんだのです。

大江健氏は迷うことなく、出来上がったCoohem(コーヘン)の作品をカバンに詰め込んで、2011年に単身でパリに乗り込んだのです。

パリに乗り込んだからと言ってすぐに良い結果を得られるとは思っていませんでしたが、自分の夢を実現させるためには失敗を恐れずに挑戦するしかないと思っていたのです。

展示会での評価を日本に持ち帰って、再挑戦をすれば良いと思っていたのですが、なんと奇跡が起きたのです。

米富繊維
代表者:大江富造
山形県東村山郡山辺町大字山辺1136
アクセス:JR東日本左沢線羽前山辺駅から1km


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ふるさとに残されていた素晴らしい技術を再発見!米富繊維鰍フ交編

山形県東村山郡山辺町は江戸時代から続く繊維産業の町で、現在はニット製品の製造が中心になっています。

サマーニットの発祥地としても有名で、JR羽前山辺駅から歩いて1分ほどのところには空き店舗を活用して、山辺町のニットメーカー4社が共同して運営する「 ニット館すだまり」があります。

1階はニット製品を販売する店舗になっていまして、工場から直接納入されたセーター、カーディガンやワンピースが市価の半額程度で購入できます。
なかには市価の3分の1というビックリするほどの値段の商品もあって、地元の人だけでなく、観光客なども訪れていつもにぎわっています。


2階は製造過程で余った色とりどりの糸の売り場とギャラリーになっていて、手作りの編み物などが展示されています。

この山辺町に2008年に31歳で米富繊維に一人の男性が入社したのです。

名前は大江健氏で、米富繊維鰍フ息子さんになります。

あまり繊維製造には興味がなかったそうですが、東京では大手のアパレルに就職していましたが、業務内容は営業でした。

アパレルメーカーで繊維製品に接しているときに、ふるさとでいつも見ていた交編(こうへん)という技術がすばらしいものだと再発見したのです。

交編とは色・素材・形や太さが違う糸を巧みに織って、ぬくもりのある布を作る技術ですが、日本では米富繊維鰍セけに続いている技術だったのです。

この交編技術を使って日本だけでなく世界中で通用するファッションを作ろうと思ってUターンをしたのです。

しかし、気持ちや情熱だけで簡単に成功するものではありませんよね。



米富繊維
代表者:大江富造
山形県東村山郡山辺町大字山辺1136
アクセス:JR東日本左沢線羽前山辺駅から1km


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伝統的な技術とコンピューターを駆使した 米富繊維鰍フCoohem(コーヘン)

現在専務になっている大江健氏は、アパレルメーカーの下請けとしてOEM生産を行っていたのでは米富繊維鰍フ将来に明るい展望は持てないと思って、2010年に独自ブランドのCoohem(コーヘン)を立ち上げます。

Coohem(コーヘン)とは色・形・大きさや素材が違った糸を編んで布を作る交編という技術のことで、製糸技術が未発達だったときに使われていたものです。
機織り(はたおり)が農家の副業として行われていた時代には、全国各地で使われていたようです。

製糸技術が発達することで、次第にすたれていったのですが、大江健氏はこの技術に注目したのです。

昔から作られていた交編とCoohem(コーヘン)の違いは、鮮やかな色、デザイン性の良さと複雑かつ立体的になる質感、さらに軽くて着心地の良さにあります。


テキスタイルデザイナーから提案されたデザインを分析して、コンピューターで異なった糸の編み方を決めて、編み機で布に仕上げるわけです。

とはいっても、が、極端に太い糸や今にも切れそうな細い糸、ラメのように光る糸、落ち着きのある糸など、多様な糸を編み込むことで生地は実際には出来上がってみないとわからない表情がいくつもあるそうです。

ニット製品が仕上がるのにふつうは60分と言われていますが、Coohem(コーヘン)はその4倍になる240分かかります。

縫製も編み上げた布が裁断のときにほどけないように縫います。裁断が終わってからももちろん縫いますので、2回の縫製が行われます。

手間暇を惜しまず「自分たちにしか作れないものを形にしたい」や「世界中のクローゼットにない商品を作りたい」という夢を追いかけているのです。

2011年のパリで行われた展示会で好評を得て、ニューヨークからスタートした販売が、現在では日本では高島屋、伊勢丹や三越などのデパートや地域一番店のブティックで販売されています。

2013年春からはイタリア、ドイツ、中国・香港、ドバイの4カ国でも販売されるという快挙を成し遂げたのです。


米富繊維
代表者:大江富造
山形県東村山郡山辺町大字山辺1136
アクセス:JR東日本左沢線羽前山辺駅から1km


世界でひとつだけの洋服を目指す!米富繊維鰍フCoohem(コーヘン)

「倒産速報 明日はわが身」というブログは、倒産をテーマにしていますので、どうしても暗いニュースが多くまります。

そこで、「元気な会社」というカテゴリーを作って、明るいニュースを提供するとともに、倒産回避や、赤字脱却のヒントにしていただけでは嬉しいです。

米富繊維鰍ェ下請企業からの脱却を目指して2010年に独自ブランドの「Coohem(コーヘン)」を立ち上げて、翌年には無謀とも思えるパリの展示会への出店を行ったところ、世界中のバイヤーから注目をあび、ニューヨークに販売先が出来たのです。

このニュースは日本の大手デパートのバイヤーの耳にも届き、すぐに高島屋、伊勢丹や三越にも売り場ができたのです。


2013年春からはイタリア、ドイツ、中国・香港、ドバイの4カ国でも販売されるという快挙を成し遂げたのです。

2010年にスタートしたCoohem(コーヘン)がこれほど短期間に成長した背景には、Coohem(コーヘン)の由来となっている「交編(こうへん)」にその秘密があるのです。

交編とは色・大きさ・形状や素材の違うが糸で編む、世界でもまれな技術だったのですが、これが米富繊維鰍ノは残されていたのです。

色・大きさ・形状や素材の違うが糸で編まれた布は、さまざまな表情を表現してくれる全く新しい素材になっていたのです。

女性が着用する洋服は、美しく見えるとか可愛らしく見えるということも大切ですが、他の女性が持っていないという独特の価値観があるのですね。

男性でしたら、同じ服を着ている人を見ると、きっと同じお店で買ったのかなと思う程度ですが、女性にとっては敵対心さえ生まれることもあるようです。

そこで、Coohem(コーヘン)は「世界でひとつだけの洋服」を目指しているのですね。


米富繊維
代表者:大江富造
山形県東村山郡山辺町大字山辺1136
アクセス:JR東日本左沢線羽前山辺駅から1km

無謀と思われた計画が大成功に!米富繊維鰍フCoohem(コーヘン)

「倒産速報 明日はわが身」の記事を書いていて、下請企業が取引先の生産中止や工場の海外移転で、ある日突然に倒産に追い込まれるニュースが飛び込んできます。

下請企業には取引先から値下げ要求や、無理な注文をつけられることが多いですが、それなりの仕事をもらえるので我慢しているのでしょうが、独自商品を開発して、普通に取引交渉が出来るようになるように検討してほしいです。

山形県東村山郡山辺町にはニット製品のOEM生産を行っていた米富繊維鰍ニいう会社がありますが、海外から安価な商品が入ってきたり、景気の悪化で取引先からの受注が減少したりという環境に置かれていました。

現在は専務をしている大江健氏が2010年に、独自でニット製品の「Coohem(コーヘン)」というブランドを立ち上げたのです。


Coohem(コーヘン)は、色や形が異なるさまざまな素材の糸で編む技術のことで「交編(こうへん)」と書き、日本では米富繊維鰍セけの技術だといわれています。

しかし、独自ブランドを立ち上げたといっても、すぐにお客さんの見てもらったり、手に触れてもらって、購入に結びつくものではありません。

山形の田舎の会社が知名度を上げて、販売をしようと計画を立てたのが、パリの展示会への出品でした。

まったく無名の会社が出品するのは無謀あるいは無鉄砲とも思える計画でしたが、大江健氏は恐れるものはなにもないという気持ちで、2011年に出来あがったCoohem(コーヘン)を持ち込んだのです。

すると、想像以上の反響があり、展示会場だけでなく、世界中のバイヤーから注目され、日本でも知名度が一気に広まったのです。

下請企業には無謀と思えるような行為であっても、正しいと信じることが出来る場合には、失敗を恐れずにチャレンジをしてほしいのです。

米富繊維
代表者:大江富造
山形県東村山郡山辺町大字山辺1136
アクセス:JR東日本左沢線羽前山辺駅から1km

米沢牛をリーズナブルに食べられる 登起波分店「登」

多くの雑誌に取り上げられ米沢牛の販売では一番歴史のある挙o起波牛肉店は、現在5代目になる尾ア仁氏が経営されています。

明治27年10月に初代の尾ア庄吉氏が創業しましたが、現在のように冷凍・冷蔵設備はなく、雪が降り始める時期から、冬場に集めた雪が融けてなくなるまでの6月頃までの営業だったそうです。



尾ア仁氏は、1995年(平成7年)に東京農業大学畜産学科を卒業しますが、在学中に東京・吉祥寺にあるハム・ソーセージで有名なケーニッヒで修業していたのです。
現在のケーニッヒのメニューには米沢牛があります。

卒業した年の秋に父親である4代目が亡くなったことから、5代目になるのです。

1998年(平成10年)には挙o起波牛肉店の2階と3階にあったレストランを改装し、2004年(平成16年)9月には、挙o起波牛肉店から1.2kmのところに飲食専門の「登起波分店「登」(のぼる)」(米沢市金池5-10-21)を開店させます。

神戸牛や松阪牛と並ぶ3大和牛といわれ、高額のイメージがある米沢牛をもっと気軽に味わえる店として、本店よりもリーズナブルな価格で提供できる登起波分店「登」をつくったのです。

メニューを見てみますと、百年の牛丼(並)1,260円や百年の牛鍋定食(並)2,300円などとランチとしても気軽食べられる価格になっています。

社長の尾ア仁氏は県外から訪れた観光客にも喜んでもらえるようにと、夕食でもアルコール代金を含めて6000円以内の予算で十二分に米沢牛が堪能できることを目指しているとのことです。

余談ですが、尾ア仁氏の奥様は泣Tンク・センスの社長を務めている松浦尚子さんで、ボルドー大学ワイン醸造学部公認のワインテイスティング専門家資格を取得された方です。


有限会社 登起波牛肉店 〜ときわぎゅうにくてん〜
山形県米沢市中央7丁目2-3
代表者 尾ア 仁
アクセス:
JR米沢駅から2.2km

登起波分店「登」(のぼる)
山形県 米沢市金池5-10-21
アクセス:
挙o起波牛肉店から1.2km
JR米沢駅から2.3km


「米沢に登起波あり」と言われる 米沢牛の挙o起波牛肉店
米沢牛をリーズナブルに食べられる 登起波分店「登」

やっと見つけた 数多くの優勝経験を持つフランス人パティシエのクリスマスケーキ

今年のクリスマスは少し楽しさのあるクリスマスケーキを買いたいなと思って楽天市場で探してみました。

すると6900件ものクリスマスケーキがあるのですね。
欲しいのはたった1個ですから、「大変だなぁ〜」というのが第一印象でしたね(笑)。

でも、愛妻と子供たちに少しでも喜んでもらおうと思って、できるだけクリスマスが楽しめると思われるものを探すのですが、円形で生クリームを使ってデコレーションしたものやロールケーキ型が多く、少し疲れていました。

やがて、【Xmas】ガイア・フレーズ・ノエル(ハート型)というクリスマスケーキが目に飛び込んできたのです。
これで決まりだと思うと、ほっとしましたね(笑)。



クリスマスケーキの味はどこで購入しても同じようなものだと考えていたので、金額とサイズを調べてみますと、4620円で4〜6名向けということで、もう少し詳しく調べてみました。

味には期待していませんでしたが、愛妻と子供たちに【Xmas】ガイア・フレーズ・ノエル(ハート型)の由来やこだわりを説明しながら食べるとさらに美味しくなるのではなかと思ったからです。

【Xmas】ガイア・フレーズ・ノエル(ハート型)を作ったのは、2009年にパティシエの世界コンクールアントルメ部門で優勝するなど、世界的なコンクールで数多くの優勝経験を持つフランス人パティシエ、サントス・アントワーヌ氏だそうです。

2013年10月にはテレビ朝日「GO!オスカル!X21」やABC朝日放送「おはよう朝日 土曜日です」には取り上げられ、多くのマスコミから取材を受けているそうです。

これなら味もそれなりに美味しいのだろうと思って品切れにならないうちに入手しようと思って早速注文をしました。

世界的なコンクールで数多くの優勝経験を持つフランス人パティシエのサントス・アントワーヌ氏がどうして日本で活動してるのかがとても気になりました。

Ecole Criollo(エコール・クリオロ) 東京本店
東京都豊島区要町3−9−7
代表者 サントス・アントワーヌ
店舗責任者 岡田愛(サントス・アントワーヌ氏の奥様) 

10年で5千軒が廃業した豆腐業界で売上を伸ばしている 相模屋食料とザク豆腐 

10年間で5000軒が廃業したと言われる豆腐製造業ですが、実情はどのようになっているのでしょうか。

幸い食品製造業は保健所に届出をする必要がありますので、厚生労働省に詳しいデータがありました。

データでは2003年には1万4016軒あった豆腐業者が、2012年度には9059軒となり、噂通りに4957軒の減少でした。

では廃業に追い込まれた要因は何だったのでしょうか。ひとつのケースで考えてみたいと思います。

1957年(昭和32年)に創業した東京都三鷹市の仙台屋本店(代表者:及川孝臣)は、2003年には杉並区のJR阿佐ヶ谷駅近くなどに3つの直売店を作り、豆腐と豆腐加工食材を販売して4億円の売上がありました。

2008年には輸入大豆の価格が値上がりしたために、一部の豆腐を他の業者から安く仕入れたりしてしのいでいました。

2010年には3つの直売店を閉鎖。
デフレの最中で、取引先のスーパーから値下げの要請があったが、むしろ値上げをしてほしいと相談すると、取引が打ち切られてしまいました。

2013年2月15日に、製造販売していた豆乳おからドーナツに表示について「アレルギー物質「乳」の表示欠落」ということで、自主回収をするという食品事故を起こす。

ピーク時には従業員20名で毎日2000丁の豆腐を製造していた仙台屋本店は、2013年5月には従業員が5名にまで減っていましたが、資金繰りが苦しくて給料の遅配などを起こしていましたが、事業が好転する見込みがないために2013年8月2日に事業を停止し自己破産を申請しました。
負債総額は2億円です。

以上が仙台屋本店のながれで、ニュースとしては「販売不振で自己破産へ」と書かれて終わりですが、その陰にはさまざまな倒産要因があったのです。

大口取引先のスーパーも自分だけ儲かれば良いと思って値下げを要求したわけではなく、値段が合わなければ取引を中止することはやむを得ないことではなかったでしょうか。

では、デフレ経済と大豆の値上がりが悪かったのだと文句を言っても何一つ解決の糸口は見つかりません。

豆腐に付加価値を付けて適正な利益が出る価格で販売するしか方法はないのですが、成功した豆腐製造業者がいます。

それは豆腐製造業界でNO.1の売上がある相模屋食料株式会社が創造した「ザクとうふ」です。


相模屋食料株式会社
群馬県前橋市鳥取町123
代表取締役社長 鳥越 淳司

「米沢に登起波あり」と言われる 米沢牛の挙o起波牛肉店

「米沢に登起波あり」と言われる 米沢牛の挙o起波牛肉店



東日本大震災(2011年3月11日)で、電気の使用量に制限がかかったりお願いがあったりして、「節約」や「もったいない」という言葉が生活の中に切実な問題として入り込んできました。

また、「きずな(絆)」という言葉も広がり、家族の大切さや、近隣の友人・知人との交流の大切さなどが再確認されて、結婚を望む人が増えたりもしました。

このためではないかもしれませんが、「節約」「もったいない」と「きずな(絆)」を組み合わせて、自宅で家族一同が集まって食卓を囲むのが自然に広まったようです。

景気の悪化による経済的な問題もあったかもしれませんが、自宅で食事をする人が増えたことから外食産業では売上が減少するというマイナスの効果もあったのです。

食堂と言う名前のお店がどんどん減少し、多くのドライブインやレストランが赤字であったり、ついこの前まであったお店が突然閉店したり、外観からは分かりませんが経営者が変わったりするということが日常茶飯事のように起こっています。

このような環境に置かれている外食産業の中で、山形県米沢市に明治27年(1894年)に創業した挙o起波牛肉店があります。

挙o起波牛肉店は店名の通りに牛肉店ですが、レストランを併設していまして、地元の人が県外からお客さんを迎えた時、米沢牛を食べたいと言われたとき真っ先に思い起こすにが登起波(ときわ)の名前です。

挙o起波牛肉店は5代目になる尾ア仁氏が経営をされていて、2012年8月には「まぼろしのブランド牛 米沢牛物語」(エル書房)という本も書かれています。

挙o起波牛肉店では、単に歴史があるというだけでなく、米沢牛についても良く研究されて、安心・安全な品質はもちろん、味にもこだわり、「米沢に登起波あり」との評価を得ているのです。

有限会社 登起波牛肉店 〜ときわぎゅうにくてん〜
山形県米沢市中央7丁目2-3
代表者 尾ア 仁
アクセス:
JR米沢駅から2.2km

登起波分店「登」(のぼる)
山形県 米沢市金池5-10-21
アクセス:
挙o起波牛肉店から1.2km
JR米沢駅から2.3km

「米沢に登起波あり」と言われる 米沢牛の挙o起波牛肉店
米沢牛をリーズナブルに食べられる 登起波分店「登」

仕事と生活の調和の取れた職場環境づくりに取り組む優良企業

山形県では11月3日に、仕事と生活の調和の取れた職場環境づくりに取り組む優良企業3社を表彰しました。

建築設計のキャド・キャム梶i鶴岡市)は、子連れ出勤が可能で独自の育児支援を行っていることと、課長級の半分が女性で、取締役には2名の女性がいることが評価されました。

会社名 キャド・キャム株式会社
業 種 建築設計業(一級建築士事務所)、建設業、不動産業 
所在地 山形県鶴岡市大宝寺字日本国387-12
設 立 1972年(昭和47年)3月7日
代表者 齋藤士郎
資本金 5000万円
従業員 61名(2012年7月1日現在)


元ブロボーラーという異色の経歴を持つ社長が経営する、コンピューター用コネクタ・ケーブル加工組み立てなどの潟Rヤマ(村山市)は男性従業員でも育児休暇が取りやすい環境作りや、女性の育児休業明けの職場復帰をスムーズなものにしています。
子供が急に発熱などの病気になって突発的に休む必要が起こった場合でも、対応できる人員配置を行っています。

会社名 潟Rヤマ
業 種 コンピュータ用コネクタ・ケーブル加工組立
所在地 山形県村山市大字大久保甲1260
設 立 1976年(昭和51年)4月
代表者 小山喜代司
資本金 1000万円
年 商 6億9000万円(2011年度)
従業員 207名


刃物研削・精密部品加工工場の潟}イスターは、女性の持つ丁寧さ、忍耐強さに着目し、20年以上前から女性の技能職育成に取り組んでいます。
高齢者のための柔軟な雇用形態整備や若者定着のための「ブラザー制度(先輩社員との気軽なメンター制度)」などを導入していることが評価されました。

会社名 潟}イスター
業 種 切削工具・部品・治具作成
所在地 山形県寒河江市中央工業団地 156番地1
設 立 昭和55年7月1日
創 業 昭和51年7月1日
代表者 井作
資本金 2000万円
従業員 47名

編集後記
従業員が働きやすい職場が一番利益がでるのではないかと思います。
健康な男性だけでなく、女性、高齢者、障害者などにとっても働きやすい職場を作ることが、長い目では社会に貢献できて、倒産や廃業も少なく、事業が継続されるのではないでしょうか。

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土屋竜一
1964年、長野県に生まれる。10歳でデュシェンヌ型筋ジストロフィーを発症。シンガー・ソングライター、エッセイストとして活躍後、2006年に株式会社沖ワークウェルに入社。
人工呼吸器を装着しながら、地元の長野でウェブサイトの制作を中心とした在宅勤務を続けている。2000年、社会活動に積極的に参加し障害者の自立に寄与したとして、長野県知事賞を受賞。NHK教育「にんげんゆうゆう」、フジテレビ「奇跡体験!アンビリバボー」、TBS「ニュースの森」など、自身を題材にしたドキュメンタリーが数多く放送される(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
日々の経営に行き詰まりを感じたり、ストレスがなかな取り除けないと思ってダラダラと仕事をしていませんか。
ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。
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