東日本大震災から1年半。節電は常識となり、災害への備えや、買い物の際の食品の産地確認も欠かせない―。時事通信社と四国新聞社の合同世論調査で、震災や原発事故を契機に、生活スタイルを見直した県民が増えていることが分かった。
8割が取り組み
震災後、生活で見直した点について尋ねたところ、最も多かったのが「節電」。実に84・3%の人が取り組んでいると回答した。
その効果は、今夏の電力需給に如実に表れた。7月2日から9月7日の節電要請期間中、四国電力管内の平日の最大電力(平均)は、猛暑だった2010年夏比で8・3%減少。目標だった5%の削減を上回り、四電も「削減の大半は節電効果とみられる」と認めている。
節電への関心の高まりはこの夏のヒット商品からもうかがえる。今夏は「電気を使わず、涼しく」が消費のテーマとなり、「冷感」をうたう商品に注目が集まった。
代表的な例が、額などに張る冷却シート。ザグザグ中央インター店(高松市木太町)では前年の2倍以上の売れ行きとなり、「少しでも電気を使わないようにと腐心する消費者が多い」(同店)。
食の不安消えず
「節電」に次いで目立ったのが、「家族で避難方法を確認」(45・3%)、「防災グッズの購入」(28・9%)など防災意識の高まりだ。
震災から1年半の節目に加え、8月末には南海トラフ地震の被害想定が新たに公表された。県内の量販店では、津波に備えた防水性のあるリュックサックなど、機能性を高めた新しい防災グッズが脚光を浴びるなど、大地震への「備え」は今後、なお一層進みそうだ。
放射性物質への不安から「食料品の産地確認」を行うようになった県民も40・1%いた。
「消費者は食の安全に特に敏感。震災から1年半がたっても放射能汚染を不安視する動きは続いている」とは県内のあるスーパー関係者。原発事故がもたらした食への不安はいまだ払しょくされていないようだ。
新たな家計負担
世論調査では、電気料金の値上げに反対する県民が6割を超えた。
総務省の家計調査によると、高松市の勤労世帯が2011年に支払った電気代は月額9820円で、5年前に比べ753円増えている。
この5年間、原油高騰に伴って、燃料価格を料金に反映させる燃料費調整額が上昇するなどしたためで、実質的な値上げ状態にある。9月から家庭向け電気料金を平均8・46%引き上げた東京電力の場合、標準的家庭の9月の支払額は8月と比べて347円増えるという。
四電は料金値上げに関し、「現時点では考えてない」としながらも、「原発停止が長引けば、検討課題になる」としており、県民からは「値上げになれば、いくら節電しても節約にはつながらない」(高松市内の70代の主婦)とため息が漏れる。
東日本大地震の影響カテゴリの記事一覧
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岩手復興の象徴、起業続々 前年比55%増の65件
日本政策金融公庫の創業融資を利用した起業が、ことしに入り岩手県内で増えている。起業前か起業1年以内の事業者に対する貸付件数は4〜7月は65件と、前年同期比55%増となった。被災地支援で金利が下がったことが浸透。震災から1年を経てようやく復興の動きが見えたこともあり、一念発起する人が現れ始めたとみられる。
4〜7月の融資金額も岩手は4億5420万円で、前年同期の2.7倍となった。
一方、震災直後の昨年4〜6月に前年同期比69%と高い伸びを示した宮城県は159件で35%減だった。
同公庫盛岡支店によると、同じ被災地でも宮城は復旧の早い大都市・仙台でいち早く起業が急増したのに対し、岩手県は中規模の都市が沿岸部に分散しているため立ち上がりが遅れた。
盛岡支店国民生活事業の坂口肇融資第2課長は「震災を機に解雇されたり、勤め先の将来に不安を感じたりした人が1年たって決断し始めた。地元のために役立ちたいと起業するという例も多い」と話す。
宮古市の熊谷充さん(36)は8月、大手宅配会社の地元支店を辞め、板前経験のある元同僚の高橋和仁さん(38)と公庫の融資制度を利用し、市中心部に居酒屋「大黒や」を開店した。
暗くなった街ににぎわいを取り戻したいと、浸水した靴店を借り受けて改装した。熊谷さんは「復興事業で県外から来ている人にも宮古の魚を食べてほしい。客が楽しんでくれれば、街の活性化になるはず」と意気込む。
起業を後押しする動きは、岩手県内で続々と生まれている。
盛岡信金と盛岡市などは8月、1事業者につき最大500万円を投資する「もりおか起業ファンド」を設立。盛岡商工会議所は盛岡市で開いていた「創業塾」を昨年から宮古市でも開いている。盛岡市の被災者支援団体「SAVE IWATE(セーブイワテ)」なども7月、地域課題の解決に向けた起業を目指す人のためのビジネススクールを盛岡市に開講した。
セーブ・イワテの加藤昭一事務局長は「被災地で生きていくにはなりわいが必要だ。さらに起業のニーズを掘り起こしていかなければならない」と気を引き締める。
4〜7月の融資金額も岩手は4億5420万円で、前年同期の2.7倍となった。
一方、震災直後の昨年4〜6月に前年同期比69%と高い伸びを示した宮城県は159件で35%減だった。
同公庫盛岡支店によると、同じ被災地でも宮城は復旧の早い大都市・仙台でいち早く起業が急増したのに対し、岩手県は中規模の都市が沿岸部に分散しているため立ち上がりが遅れた。
盛岡支店国民生活事業の坂口肇融資第2課長は「震災を機に解雇されたり、勤め先の将来に不安を感じたりした人が1年たって決断し始めた。地元のために役立ちたいと起業するという例も多い」と話す。
宮古市の熊谷充さん(36)は8月、大手宅配会社の地元支店を辞め、板前経験のある元同僚の高橋和仁さん(38)と公庫の融資制度を利用し、市中心部に居酒屋「大黒や」を開店した。
暗くなった街ににぎわいを取り戻したいと、浸水した靴店を借り受けて改装した。熊谷さんは「復興事業で県外から来ている人にも宮古の魚を食べてほしい。客が楽しんでくれれば、街の活性化になるはず」と意気込む。
起業を後押しする動きは、岩手県内で続々と生まれている。
盛岡信金と盛岡市などは8月、1事業者につき最大500万円を投資する「もりおか起業ファンド」を設立。盛岡商工会議所は盛岡市で開いていた「創業塾」を昨年から宮古市でも開いている。盛岡市の被災者支援団体「SAVE IWATE(セーブイワテ)」なども7月、地域課題の解決に向けた起業を目指す人のためのビジネススクールを盛岡市に開講した。
セーブ・イワテの加藤昭一事務局長は「被災地で生きていくにはなりわいが必要だ。さらに起業のニーズを掘り起こしていかなければならない」と気を引き締める。
生活「回復」は45% 事業所の再開77% 岩手県調査
県は20日、東日本大震災からの復興状況について特定の153人から実感を聞く「復興ウォッチャー調査」と、沿岸12市町村の被災事業所を対象にした「被災事業所状況調査」の結果を発表した。回答した135人のうち生活が「回復した」「やや回復した」は45・2%(前回33・3%)、被災事業所の再開または一部再開は77%(同73・4%)に達した。
ウォッチャー調査は3カ月に1度、生活の回復▽地域経済の回復▽災害に強い安全なまちづくり−の3点について聞いている。
生活が「回復した」「やや回復した」は5割未満だったが、「回復していない」「あまり回復していない」の38・5%を初めて上回った。ただ、被害が甚大だった沿岸南部の「回復した」「やや回復した」は42・4%で、同北部(51・2%)を1割近く下回った。
個別意見では「高台移転の土地整備が遅れている」(40代・沿岸北部)、「知人も仮設住宅で暮らしていて、3カ月前と何も前進していない」(20代・同南部)など、居住環境に対する不満が目立った。
地域経済が「回復した」「やや回復した」は44・4%(同31・2%)。災害に強い安全なまちづくりは防波堤の整備も本格していないことなどから「達成していない」「あまり達成していない」が71・8%(同81・5%)と大勢を占めた。
被災事業所の再開、一部再開は、復興需要を反映して、建設業が94・9%(同93・1%)でトップ。製造業79・4%(同72・6%)▽水産加工75・2%(同56・0%)▽卸売・小売72・6%(同71・5%)−などの順。水産加工は半年前より2割も増えたが、売り上げは被災前より「ある程度減少」「大幅減少」が65・4%を占め、苦戦が浮き彫りになっている。
編集後記
普通の生活を取り戻したいと言う本当に当然の希望ですが、仮設住宅ではなかなかかなえることが難しいのでしょうね。
関東から九州の一部までを含む太平洋岸では大地震が想定されています。
明日はわが身と思って、防災と災害後の生活再建、それらを実現させることが出来る元気さを日頃から物心ともに準備をしておいても他の人から笑われることがない時期になっています。
ウォッチャー調査は3カ月に1度、生活の回復▽地域経済の回復▽災害に強い安全なまちづくり−の3点について聞いている。
生活が「回復した」「やや回復した」は5割未満だったが、「回復していない」「あまり回復していない」の38・5%を初めて上回った。ただ、被害が甚大だった沿岸南部の「回復した」「やや回復した」は42・4%で、同北部(51・2%)を1割近く下回った。
個別意見では「高台移転の土地整備が遅れている」(40代・沿岸北部)、「知人も仮設住宅で暮らしていて、3カ月前と何も前進していない」(20代・同南部)など、居住環境に対する不満が目立った。
地域経済が「回復した」「やや回復した」は44・4%(同31・2%)。災害に強い安全なまちづくりは防波堤の整備も本格していないことなどから「達成していない」「あまり達成していない」が71・8%(同81・5%)と大勢を占めた。
被災事業所の再開、一部再開は、復興需要を反映して、建設業が94・9%(同93・1%)でトップ。製造業79・4%(同72・6%)▽水産加工75・2%(同56・0%)▽卸売・小売72・6%(同71・5%)−などの順。水産加工は半年前より2割も増えたが、売り上げは被災前より「ある程度減少」「大幅減少」が65・4%を占め、苦戦が浮き彫りになっている。
編集後記
普通の生活を取り戻したいと言う本当に当然の希望ですが、仮設住宅ではなかなかかなえることが難しいのでしょうね。
関東から九州の一部までを含む太平洋岸では大地震が想定されています。
明日はわが身と思って、防災と災害後の生活再建、それらを実現させることが出来る元気さを日頃から物心ともに準備をしておいても他の人から笑われることがない時期になっています。
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<セコム>東電のデータセンター事業買収へ 500億円で
セコムが東京電力のデータセンター事業を買収する方針を固めたことが、18日分かった。買収額は約500億円とみられる。災害時に備えてデータをバックアップする企業の需要が急増しており、東電子会社が保有する国内最大級の施設を引き取ることで、事業拡大を狙う。
買収するのは東電子会社で、東電グループが株式の約8割を保有する「アット東京」(東京都江東区)。都内で複数のデータセンターを運営し、年間売上高は約250億円。東電は売却後も同社株の約3割を保有する方向で最終調整しており、月内に最終合意する見通しだ。
セコムは都内に複数のデータセンターを開設している。買収により、データセンター事業の売上高は単純合計で300億円前後となる。約130万件に上る警備での契約基盤を活用して顧客を獲得し、一段の規模拡大を目指す。
東電は福島第1原発事故の損害賠償などに対応するため、11年度からの3年間で約7000億円の資産を売却する方針。これまでにKDDI株などの有価証券、子会社の売却を進めている。
買収するのは東電子会社で、東電グループが株式の約8割を保有する「アット東京」(東京都江東区)。都内で複数のデータセンターを運営し、年間売上高は約250億円。東電は売却後も同社株の約3割を保有する方向で最終調整しており、月内に最終合意する見通しだ。
セコムは都内に複数のデータセンターを開設している。買収により、データセンター事業の売上高は単純合計で300億円前後となる。約130万件に上る警備での契約基盤を活用して顧客を獲得し、一段の規模拡大を目指す。
東電は福島第1原発事故の損害賠償などに対応するため、11年度からの3年間で約7000億円の資産を売却する方針。これまでにKDDI株などの有価証券、子会社の売却を進めている。
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<福島第1原発>周辺10市町村の小中生半減 避難先で安定
東京電力福島第1原発周辺の福島県内10市町村で、公立小中学校に通う子供が半減していることが毎日新聞の調べで分かった。このうち、授業の再開が昨夏以降になった4町は2割以下に落ち込んでおり、再開までに避難先で生活を安定させた児童生徒が戻っていないとみられる。地域の復興を担う若者は欠かせない存在で、学校側は故郷に意識を向けてもらおうと懸命だ。
政府が警戒区域や計画的避難区域などに指定した12市町村のうち、震災後に全校が休業中の双葉町と葛尾村を除く10市町村を取材し、原発事故がなければ昨年4月に在籍した予定人数と、今年8月の実数を比較した。
浪江、富岡、広野、楢葉町と川内村では、児童生徒が本来の2割以下に減少。このうち富岡、浪江、広野町は昨年8〜10月、楢葉町は今年4月に学校の再開がずれ込んでいた。
富岡町の町立小・中計4校は、県内の三春町にある工場跡を利用して再開したが、児童生徒数は75人(5%)まで激減。浪江町も小中計9校のうち、各1校が二本松市内で再開できたにとどまり、79人(5%)に。いわき市での再開後、今年8月から元の校舎に戻った広野町は2割弱、いわき市で授業を続ける楢葉町も2割に減った。
あとの6市町村は昨年4月に他市町村の廃校を活用するなどして再開した。南相馬市では一時3割まで減った子供が、今年8月時点で5割まで回復。市教委によると、放射線量が比較的低い地区が市内にあったために早く学校を再開できたという。
飯舘村は計画的避難区域に指定されたものの、隣接する川俣町を避難先として仮設住宅に多くの住民が住んでおり、6割が残った。比較的線量が低い田村市と川俣町は転入も含めて9割を維持する。
昨年4月に再開できても苦戦が続くのが大熊町だ。福島第1原発が立地し、全域が警戒区域に指定された。会津若松市内で再開して当初こそ5割だったが、現在は4割を切っている。町への帰還の見通しが立たず、家族ごと県外への転出が相次いでいるという。町教委は「このままでは再建に深刻な影響を与える」と危機感を募らせている。
帰郷に現実の壁 「親の仕事」「転校先に慣れた」
東京電力福島第1原発事故の影響で子供たちが減った福島県内の市町村では、学校関係者らが「故郷への意識を保ち、将来の復興を担ってほしい」と切実な思いを抱く。各地に散る子供を集めて行事をするなど懸命だ。しかし、生徒らは避難先で生活を安定させるほど戻りにくいという皮肉な現実が横たわる。
8月。同県郡山市のホテルに、富岡町立中2校に現在通っているか、通う予定だった226人が集まり、1泊2日で「再会のつどい」が開かれた。
同町は仮教室の設置先を探したが、紹介された廃校は遠く、別の農地は校舎を建てられなかった。同県三春町の工場跡に決めたのは昨年6月。授業再開は同9月になった。庄野冨士男教育長は「なぜ早く再開しないのかと保護者からお叱りを受けた。子供たちは友達とつながりを持ち故郷は富岡だと強く思ってほしい」と願う。
いわき市内に避難した中学3年の男子生徒(14)は「親の仕事など事情がある。今の学校を卒業すると思う」。いわき市立中に2年生の次男(13)を通わせる母親も「再開時点で新しい学校に慣れていた」と振り返る。
一方、人数が回復した町もある。いわき市内に仮教室を置く楢葉町では、今夏に30人、年明けから春までに30人の生徒が戻る予定だ。町教委は同市内に新築する仮設校舎を3学期から使えることを挙げて「教育環境を改善できる」と説明する。
公務員の男性(56)は今夏、中学3年の次男(15)を避難先の会津美里町立中から、通っていた楢葉町立中に戻した。野球の部活動が終了したのが最大の理由だが「仮設校舎も判断材料にした」。男性は「学校選びに悩む人は多い」と明かす。
政府が警戒区域や計画的避難区域などに指定した12市町村のうち、震災後に全校が休業中の双葉町と葛尾村を除く10市町村を取材し、原発事故がなければ昨年4月に在籍した予定人数と、今年8月の実数を比較した。
浪江、富岡、広野、楢葉町と川内村では、児童生徒が本来の2割以下に減少。このうち富岡、浪江、広野町は昨年8〜10月、楢葉町は今年4月に学校の再開がずれ込んでいた。
富岡町の町立小・中計4校は、県内の三春町にある工場跡を利用して再開したが、児童生徒数は75人(5%)まで激減。浪江町も小中計9校のうち、各1校が二本松市内で再開できたにとどまり、79人(5%)に。いわき市での再開後、今年8月から元の校舎に戻った広野町は2割弱、いわき市で授業を続ける楢葉町も2割に減った。
あとの6市町村は昨年4月に他市町村の廃校を活用するなどして再開した。南相馬市では一時3割まで減った子供が、今年8月時点で5割まで回復。市教委によると、放射線量が比較的低い地区が市内にあったために早く学校を再開できたという。
飯舘村は計画的避難区域に指定されたものの、隣接する川俣町を避難先として仮設住宅に多くの住民が住んでおり、6割が残った。比較的線量が低い田村市と川俣町は転入も含めて9割を維持する。
昨年4月に再開できても苦戦が続くのが大熊町だ。福島第1原発が立地し、全域が警戒区域に指定された。会津若松市内で再開して当初こそ5割だったが、現在は4割を切っている。町への帰還の見通しが立たず、家族ごと県外への転出が相次いでいるという。町教委は「このままでは再建に深刻な影響を与える」と危機感を募らせている。
帰郷に現実の壁 「親の仕事」「転校先に慣れた」
東京電力福島第1原発事故の影響で子供たちが減った福島県内の市町村では、学校関係者らが「故郷への意識を保ち、将来の復興を担ってほしい」と切実な思いを抱く。各地に散る子供を集めて行事をするなど懸命だ。しかし、生徒らは避難先で生活を安定させるほど戻りにくいという皮肉な現実が横たわる。
8月。同県郡山市のホテルに、富岡町立中2校に現在通っているか、通う予定だった226人が集まり、1泊2日で「再会のつどい」が開かれた。
同町は仮教室の設置先を探したが、紹介された廃校は遠く、別の農地は校舎を建てられなかった。同県三春町の工場跡に決めたのは昨年6月。授業再開は同9月になった。庄野冨士男教育長は「なぜ早く再開しないのかと保護者からお叱りを受けた。子供たちは友達とつながりを持ち故郷は富岡だと強く思ってほしい」と願う。
いわき市内に避難した中学3年の男子生徒(14)は「親の仕事など事情がある。今の学校を卒業すると思う」。いわき市立中に2年生の次男(13)を通わせる母親も「再開時点で新しい学校に慣れていた」と振り返る。
一方、人数が回復した町もある。いわき市内に仮教室を置く楢葉町では、今夏に30人、年明けから春までに30人の生徒が戻る予定だ。町教委は同市内に新築する仮設校舎を3学期から使えることを挙げて「教育環境を改善できる」と説明する。
公務員の男性(56)は今夏、中学3年の次男(15)を避難先の会津美里町立中から、通っていた楢葉町立中に戻した。野球の部活動が終了したのが最大の理由だが「仮設校舎も判断材料にした」。男性は「学校選びに悩む人は多い」と明かす。
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東日本大震災:営業再開は98%、経営悪化課題に 塩釜商議所が「会員ニーズ調査」 /宮城
塩釜商工会議所はこのほど、東日本大震災の復興に関する「会員ニーズ調査」結果をまとめた。回答企業の98%が営業再開できており復興は一応順調にみえるが、経営の課題や要望は多岐にわたっていることが明らかになった。同会議所は、結果を今後の支援事業に生かす。
調査は4、5月、全会員を対象に実施し、61%の1016社が回答した。
それによると、震災で大規模半壊(26%)、全壊(9%)など83%が被災したが、調査時点での休業中は2%にとどまった。
しかし、直面する課題(複数回答)では、売り上げ減少が18%▽仕入れ単価上昇が14%▽設備の老朽化13%▽取引先減少9%−−など、経営悪化を挙げる企業が多かった。また、従業員の確保難8%▽震災による風評被害6%▽後継者難5%−−などの悩みも浮き彫りになった。
どんな支援事業が必要かを聞いたところ、「地域活性化」が20%で最も多く、「風評被害払拭(ふっしょく)」9%、「雇用支援」8%など、単独企業では難しい課題への対応の要望が目立った。
編集後記
回答企業の98%が営業再開となっていて、とても嬉しい数字です。
ちょっと気になるのが、回答率が61%なのと、廃業した企業の数がいくつなのかぜひ知りたいです。
震災前の企業の98%が営業再開したとはちょっと考えづらいです。
調査は4、5月、全会員を対象に実施し、61%の1016社が回答した。
それによると、震災で大規模半壊(26%)、全壊(9%)など83%が被災したが、調査時点での休業中は2%にとどまった。
しかし、直面する課題(複数回答)では、売り上げ減少が18%▽仕入れ単価上昇が14%▽設備の老朽化13%▽取引先減少9%−−など、経営悪化を挙げる企業が多かった。また、従業員の確保難8%▽震災による風評被害6%▽後継者難5%−−などの悩みも浮き彫りになった。
どんな支援事業が必要かを聞いたところ、「地域活性化」が20%で最も多く、「風評被害払拭(ふっしょく)」9%、「雇用支援」8%など、単独企業では難しい課題への対応の要望が目立った。
編集後記
回答企業の98%が営業再開となっていて、とても嬉しい数字です。
ちょっと気になるのが、回答率が61%なのと、廃業した企業の数がいくつなのかぜひ知りたいです。
震災前の企業の98%が営業再開したとはちょっと考えづらいです。
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青森マダラ漁休止 困惑「いつまで…」 セシウム基準値超え、冬の味覚ピンチ
鍋料理などに最適な冬の味覚として知られる青森県沖の「マダラ」から、国の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超す放射性セシウムが検出されて出荷停止となり、地元漁業関係者に不安が広がっている。福島県沖で高濃度のセシウムを含むエサを食べたマダラが300キロ以上も北上した可能性が指摘されるなか、出荷停止がいつまで続くか不透明だ。青森県は全国有数の漁獲高を誇るだけに関係者は困惑の色を隠せない。
基準値超えが相次いだのは八戸市沖で漁獲されたマダラ。6月に同116ベクレル、8月に同132・7ベクレルを相次いで検出し、同月27日に出荷停止となった。
福島第1原発事故のあった福島県から近い茨城県ではイシガレイやスズキなど6種、宮城県ではヒラメ、スズキなど5種の海の魚が現在、国から出荷停止を指示されている。しかし、同原発から約350キロも離れた青森県産の農水産物では、これまで出荷停止に至るケースはなかった。
青森県のマダラの水揚げ額は約14億円(昨年)にのぼる。漁は11月ごろに最盛期を迎え、出荷停止が長期化すれば、漁業者らの経営を直撃するのは確実だ。
「このまま漁に出られなければ、生活が成り立たなくなる」。八戸みなと漁業協同組合(八戸市)の担当者は多くの地元漁業者が置かれた窮状を訴える。
組合員にとってマダラ漁は9月から翌年6月ごろまで、生計を支える重要な柱となる。他の魚種だけでは「到底、採算はとれない」と話す。
風評被害を懸念する声も高まっている。ある漁業関係者は「少しでも早く規制を解除してほしいが、出荷停止や解除が繰り返されて消費者の不安につながることは絶対に避けたい」と苦しい胸の内を明かす。青森県の担当者も「消費者に安全性を認めてもらうには、(定期的に行っている)検査結果を慎重に見極めていく必要がある」と話す。
ただ、青森県で水揚げされた魚種の放射線の数値が全体的に上がっているわけではない。4月以降、マダラ以外の魚種は大半が検出限界以下だ。
マダラだけに高濃度のセシウムが検出された理由について、独立行政法人「水産総合研究センター」(横浜市)は長距離を移動してきた可能性を指摘する。
マダラは水深200〜400メートルに生息し、例年1月から春先にかけて仙台湾から福島県沿岸で産卵するという。「福島県沖付近で高濃度の放射性セシウムを含むエサを摂取した一部のマダラが北上したのでは」と担当者は推測している。
基準値超えが相次いだのは八戸市沖で漁獲されたマダラ。6月に同116ベクレル、8月に同132・7ベクレルを相次いで検出し、同月27日に出荷停止となった。
福島第1原発事故のあった福島県から近い茨城県ではイシガレイやスズキなど6種、宮城県ではヒラメ、スズキなど5種の海の魚が現在、国から出荷停止を指示されている。しかし、同原発から約350キロも離れた青森県産の農水産物では、これまで出荷停止に至るケースはなかった。
青森県のマダラの水揚げ額は約14億円(昨年)にのぼる。漁は11月ごろに最盛期を迎え、出荷停止が長期化すれば、漁業者らの経営を直撃するのは確実だ。
「このまま漁に出られなければ、生活が成り立たなくなる」。八戸みなと漁業協同組合(八戸市)の担当者は多くの地元漁業者が置かれた窮状を訴える。
組合員にとってマダラ漁は9月から翌年6月ごろまで、生計を支える重要な柱となる。他の魚種だけでは「到底、採算はとれない」と話す。
風評被害を懸念する声も高まっている。ある漁業関係者は「少しでも早く規制を解除してほしいが、出荷停止や解除が繰り返されて消費者の不安につながることは絶対に避けたい」と苦しい胸の内を明かす。青森県の担当者も「消費者に安全性を認めてもらうには、(定期的に行っている)検査結果を慎重に見極めていく必要がある」と話す。
ただ、青森県で水揚げされた魚種の放射線の数値が全体的に上がっているわけではない。4月以降、マダラ以外の魚種は大半が検出限界以下だ。
マダラだけに高濃度のセシウムが検出された理由について、独立行政法人「水産総合研究センター」(横浜市)は長距離を移動してきた可能性を指摘する。
マダラは水深200〜400メートルに生息し、例年1月から春先にかけて仙台湾から福島県沿岸で産卵するという。「福島県沖付近で高濃度の放射性セシウムを含むエサを摂取した一部のマダラが北上したのでは」と担当者は推測している。
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4割「自力再建」町外流出の傾向 亘理町民意向調査
東日本大震災で自宅を失った宮城県亘理町の住民の住宅再建に関する最終意向調査の結果、4割近くが集団移転などに参加せず、町内外に自力で移転先を探していることが13日、分かった。町外移転の傾向も表れており、町は町内にとどまってもらう施策を検討する。
調査結果は、町が町議会大震災復興支援特別委員会で明らかにした。3項目からの選択方式で実施したところ、自力で再建する「個別移転等」が198世帯(40.2%)で最も多く、現地で再建する11世帯を除いても187世帯(38.0%)を占めた。
うち、既に移転したのは74世帯で、移転先は町外が43世帯に上り、町内が31世帯だった。移転予定の世帯の内訳は公表されなかったが、町によると大半は移転先を決めかねているという。
選択項目の「集団移転」は192世帯(39.0%)、「災害公営住宅への入居」は102世帯(20.7%)で、町の事業に参加する住民は合わせて約6割だった。
集団移転と一戸建ての災害公営住宅が整備される6カ所の住宅団地の希望先は、亘理団地が118世帯と半数以上。吉田上塚団地は4世帯で、国の防災集団移転促進事業の対象戸数(5戸以上)を割った。
町復興まちづくり課の高橋伸幸課長は「町の事業が一定の理解を得たと感じる一方、一日も早い生活再建を目指す住民も多かった。一人でも多くの住民が町内に残ってもらうための誘導策を考えたい」と話した。
調査は、町の災害危険区域に指定された555世帯を対象に郵送で行った。12日現在の回収率は88.6%。
編集後記
東日本大地震で被害を被った場所に住みたくないという気持ちが表れているのではないでしょか。
仕事も、子育て、教育、買い物環境などを考慮した結果ではないでしょうか。
町は明確な明るいビジョンを示す必要があるでしょうが、現実には難しいでしょうね。
町外へ行く人の多くが働き盛りの年代で、残る人が高齢者などの弱者ばかりでは町の活気は失われかねませんね。
明日はわが身と思って、今後大地震が起きる可能性のある地域では事前に十分な復興計画も立案しておくべきでしょうね。
調査結果は、町が町議会大震災復興支援特別委員会で明らかにした。3項目からの選択方式で実施したところ、自力で再建する「個別移転等」が198世帯(40.2%)で最も多く、現地で再建する11世帯を除いても187世帯(38.0%)を占めた。
うち、既に移転したのは74世帯で、移転先は町外が43世帯に上り、町内が31世帯だった。移転予定の世帯の内訳は公表されなかったが、町によると大半は移転先を決めかねているという。
選択項目の「集団移転」は192世帯(39.0%)、「災害公営住宅への入居」は102世帯(20.7%)で、町の事業に参加する住民は合わせて約6割だった。
集団移転と一戸建ての災害公営住宅が整備される6カ所の住宅団地の希望先は、亘理団地が118世帯と半数以上。吉田上塚団地は4世帯で、国の防災集団移転促進事業の対象戸数(5戸以上)を割った。
町復興まちづくり課の高橋伸幸課長は「町の事業が一定の理解を得たと感じる一方、一日も早い生活再建を目指す住民も多かった。一人でも多くの住民が町内に残ってもらうための誘導策を考えたい」と話した。
調査は、町の災害危険区域に指定された555世帯を対象に郵送で行った。12日現在の回収率は88.6%。
編集後記
東日本大地震で被害を被った場所に住みたくないという気持ちが表れているのではないでしょか。
仕事も、子育て、教育、買い物環境などを考慮した結果ではないでしょうか。
町は明確な明るいビジョンを示す必要があるでしょうが、現実には難しいでしょうね。
町外へ行く人の多くが働き盛りの年代で、残る人が高齢者などの弱者ばかりでは町の活気は失われかねませんね。
明日はわが身と思って、今後大地震が起きる可能性のある地域では事前に十分な復興計画も立案しておくべきでしょうね。
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東日本大震災:肥満、肝機能異常増 ストレスやアルコール 長引く避難生活要因
県の健康管理調査で、震災と原発事故による長引く避難生活に起因するとみられる肥満や肝機能異常のある人の割合が、震災前より増えていることが明らかになった。この傾向は特に男性で強く、避難生活での運動不足やアルコール摂取、ストレスなどが要因と推定される。ただし、県立医大は「あくまで参考値」としている。
県立医大の細矢光亮(みつあき)教授が8日の検討委員会で報告した。避難区域のある市町村で、震災後の11年度に健康診断を受診した40歳以上(7822人)と、震災前の08〜10年度に同じ市町村で行った特定健康診査などを受けた40歳以上(各年約2万7000人)の結果を比較した。
腹囲85センチ以上の男性は、震災前の約49%に対し11年度は59・3%と増加傾向。身長と体重の関係から肥満度を示す体格指数(BMI)で「肥満」とされる25・0以上の割合も、男性で震災前の約11・9ポイント増の41・9%、女性で同約4・4ポイント増の34%だった。また、血液検査で、肝臓が受けている障害の度合いを表す数値が高い人の割合も、男女共に増えていた。
「こころの健康度・生活習慣の調査」では、回答のあった調査対象者約9万2000人のうち約4700人(5・1%)が健康状態が悪く、精神健康度やトラウマ反応の指標が高いなど「要支援」と判定されている。細矢教授は健康悪化と避難生活との関連は否定できないとし「長期の調査で生活習慣病を含めたさまざまな疾病についての予防体制整備に活用する」と報告した。このほか、甲状腺検査の結果については県民への説明会を10月以降に開く方針。
編集後記
現在の日本では東京から四国にかけての太平洋側で、マグニチュード9クラスの地震が起きる可能性が高いといわれています。
東日本大震災を明日はわが身と思って、被災したときにどのような行動や生活をすれば良いか、平常時にぜひ記憶にとどめ、心に刻んでおいてください。
県立医大の細矢光亮(みつあき)教授が8日の検討委員会で報告した。避難区域のある市町村で、震災後の11年度に健康診断を受診した40歳以上(7822人)と、震災前の08〜10年度に同じ市町村で行った特定健康診査などを受けた40歳以上(各年約2万7000人)の結果を比較した。
腹囲85センチ以上の男性は、震災前の約49%に対し11年度は59・3%と増加傾向。身長と体重の関係から肥満度を示す体格指数(BMI)で「肥満」とされる25・0以上の割合も、男性で震災前の約11・9ポイント増の41・9%、女性で同約4・4ポイント増の34%だった。また、血液検査で、肝臓が受けている障害の度合いを表す数値が高い人の割合も、男女共に増えていた。
「こころの健康度・生活習慣の調査」では、回答のあった調査対象者約9万2000人のうち約4700人(5・1%)が健康状態が悪く、精神健康度やトラウマ反応の指標が高いなど「要支援」と判定されている。細矢教授は健康悪化と避難生活との関連は否定できないとし「長期の調査で生活習慣病を含めたさまざまな疾病についての予防体制整備に活用する」と報告した。このほか、甲状腺検査の結果については県民への説明会を10月以降に開く方針。
編集後記
現在の日本では東京から四国にかけての太平洋側で、マグニチュード9クラスの地震が起きる可能性が高いといわれています。
東日本大震災を明日はわが身と思って、被災したときにどのような行動や生活をすれば良いか、平常時にぜひ記憶にとどめ、心に刻んでおいてください。
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<宮城・山元町>イチゴ産地再生を 3人が会社設立
大津波の被害を受けた宮城県山元町で、イチゴ農家に生まれた若者3人が株式会社を設立して、生産再開に乗り出した。同町と隣の亘理町は東北一のイチゴ生産地で、「『ふるさと』を取り戻したい」と集まった3人はクリスマスの初出荷を目指す。大震災から1年半がたっても復興への足踏みが続く被災地で、農の再生にかける若者たちの挑戦が続く。
現在ハウス11棟を山元町浅生原の造成地に建設中だ。「本来なら苗の植え付け時期。作業員や資材の不足で工期が遅れています」。今春設立したイチゴ生産販売会社「一苺一笑(いちごいちえ)」社長の佐藤拓実さん(29)は言う。
同町と亘理町の主品種「もういっこ」「とちおとめ」など宮城県産のイチゴは「仙台いちご」の地域ブランド名で知られる。JAみやぎ亘理営農部(亘理町)によると、震災前の10年産の両町の出荷量は年約3600トンだったが、9割以上の農家が被災し、今年産は約600トンになった。
祖父の代からイチゴ農家の佐藤さん方のハウスも全壊した。23歳で家業に就いたが、津波で変わり果てた故郷にぼうぜんとした。だが長女(6)の言葉に背中を押された。「またイチゴを食べたい」
震災前から家族経営に限界を感じていた佐藤さんは今年初め友人2人と会社設立を決断した。その一人、作間勝視(かつみ)さん(30)はイチゴ農家の父信一さん(当時60歳)を津波で亡くし「仕事を継ぐのは自分しかいない」と昨年4月に勤めていた会社を辞めていた。また、会社勤めを続けながら休日に作業する予定の土生(はぶ)哲也さん(29)は「津波でハウスも何もかも流され、初めて大切なものだったと気づいた」と話す。
3人はハウス建設資金などの融資を求め金融機関に20回以上足を運んだ。「見通しが甘い」と指摘された収支計画を何度も練り直した。そして、国の交付金も活用して今年3月に会社を設立し、作間さんと土生さんは取締役になった。今後10人程度を雇うという。ただ工事計画が約2カ月遅れ、収穫は本来より2カ月遅い12月下旬にずれ込みそうだ。
山元町では高齢化や後継者不足で震災を機に見切りをつけた農家もある。「今年を乗り切ってもまだ地域全体が復興するのは先だろう」と佐藤さんは言う。だが、途中であきらめる気はない。「私たちの活動が(イチゴ生産の)担い手を増やすきっかけになれば」
編集後記
簡単に事業が軌道にのることはないかもしれませんが、復興のシンボル的存在となれるように頑張って欲しいですね。
全く個人的な思いですが、イチゴを果物としても販売しますが、2次製品としてジャム、アイスクリーム、シャーベットやショートケーキなどの加工品も販売して、できるだけ収入アップにつながるような工夫をして、雇用も増えるようになると嬉しいです。
現在ハウス11棟を山元町浅生原の造成地に建設中だ。「本来なら苗の植え付け時期。作業員や資材の不足で工期が遅れています」。今春設立したイチゴ生産販売会社「一苺一笑(いちごいちえ)」社長の佐藤拓実さん(29)は言う。
同町と亘理町の主品種「もういっこ」「とちおとめ」など宮城県産のイチゴは「仙台いちご」の地域ブランド名で知られる。JAみやぎ亘理営農部(亘理町)によると、震災前の10年産の両町の出荷量は年約3600トンだったが、9割以上の農家が被災し、今年産は約600トンになった。
祖父の代からイチゴ農家の佐藤さん方のハウスも全壊した。23歳で家業に就いたが、津波で変わり果てた故郷にぼうぜんとした。だが長女(6)の言葉に背中を押された。「またイチゴを食べたい」
震災前から家族経営に限界を感じていた佐藤さんは今年初め友人2人と会社設立を決断した。その一人、作間勝視(かつみ)さん(30)はイチゴ農家の父信一さん(当時60歳)を津波で亡くし「仕事を継ぐのは自分しかいない」と昨年4月に勤めていた会社を辞めていた。また、会社勤めを続けながら休日に作業する予定の土生(はぶ)哲也さん(29)は「津波でハウスも何もかも流され、初めて大切なものだったと気づいた」と話す。
3人はハウス建設資金などの融資を求め金融機関に20回以上足を運んだ。「見通しが甘い」と指摘された収支計画を何度も練り直した。そして、国の交付金も活用して今年3月に会社を設立し、作間さんと土生さんは取締役になった。今後10人程度を雇うという。ただ工事計画が約2カ月遅れ、収穫は本来より2カ月遅い12月下旬にずれ込みそうだ。
山元町では高齢化や後継者不足で震災を機に見切りをつけた農家もある。「今年を乗り切ってもまだ地域全体が復興するのは先だろう」と佐藤さんは言う。だが、途中であきらめる気はない。「私たちの活動が(イチゴ生産の)担い手を増やすきっかけになれば」
編集後記
簡単に事業が軌道にのることはないかもしれませんが、復興のシンボル的存在となれるように頑張って欲しいですね。
全く個人的な思いですが、イチゴを果物としても販売しますが、2次製品としてジャム、アイスクリーム、シャーベットやショートケーキなどの加工品も販売して、できるだけ収入アップにつながるような工夫をして、雇用も増えるようになると嬉しいです。
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ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。