■内部留保がマイナス
日本企業では、内部留保が減少し、零細宿泊業などいくつかの部門では、すでにマイナスになっている。これらの分野では、固定資産や人員を削減して事業規模を縮小しようとしているが、資金繰りがつかないと、連鎖倒産を引き起こしかねない。
GoTo政策のような需要喚起策では、この問題は解決できない。縮小均衡への移行を援助する政策が必要だ。
■零細宿泊業などで内部留保がマイナスに
これまで、日本企業は内部留保をため込み過ぎていると批判されてきた。しかし、その状況がコロナ不況で一変した。なお、内部留保というのは、正式の用語ではない。企業会計では「利益剰余金」という用語が使われている。そこで、以下では「利益剰余金」と呼ぶことにしよう。これは、過去の利益を蓄積したものだ。
法人企業全体でも、零細企業(資本金1000万〜2000万円の企業)だけをとっても、利益剰余金は減ったとはいえ、いまだに巨額だ。
2020年7~9月期、全産業全規模で見ると、利益剰余金は453兆円だ。前年同期の471兆円から20兆円減ったとはいえ、四半期の売上高309兆円を上回る。
資本金1000万〜2000万円の企業を見ても、利益剰余金は50兆円。前年同期の60兆円から約10兆円減ったが、四半期売上高37兆円を上回る。
しかし、特定の分野では、利益剰余金がマイナスになっている。過去の黒字が積み上がっているのではなく、赤字が積み上がっているのだから、異常な事態だ。なお、利益剰余金がマイナスになったところで、直ちに倒産というわけではない。金融機関が貸してくれれば、資金繰りがついて、生き延びられる。
しかし、貸し倒れのおそれがきわめて高い対象に進んで融資してくれるところはないだろう。するとさらに業績が悪化して、利益剰余金のマイナスがどんどん大きくなり、ついには資本を上回る。そうなると、債務超過になってしまう。こうした状態になると、極めて危険だ。
■借入れが減り、事業規模を縮小する過程に入っている
新型コロナで経済活動が停滞し、売上が減少した。そして、利益が激減した。これに対して企業がどのように対応しているかを見よう。
全産業でみると、全規模でも零細企業でも、まず現金・預金を1割程度増やしている。これは、売上が急減する中で、支払い準備のために手許流動性を確保するためだ。
このために、金融機関借入れをほぼ同額だけ増加させている。金融機関からの借入を続けられれば、資金繰りがつく。ところが、利益準備金がマイナスの業種では、対応が大きく異なる。宿泊業、娯楽業では、現金・預金を、昨年の半分に減らしている。手許流動性を確保する必要があることを考えると、これは異常なことだ。
これは、金融機関融資を受けられないためだ。実際、これらの部門では、金融機関借入金が大きく減少している。債務超過になった企業には金融機関は貸し出さないためだ。
そこで、資産を処分しなければならない。実際、これらの企業は、固定資産を大幅に減らしている。これは、とくに宿泊業で著しい。もう1つの調整措置は、人員の削減だ。
経済全体での減少率は2.9%だが、利益剰余金がマイナスになった分野では、2桁の減少率となっている(ただし、飲食サービス業の零細企業を除く)。とりわけ、宿泊業の零細企業では64.4% という、異常なほど高い減少率だ。この分野では固定資産の減少率も55.5%という高率になっていることと考え合わせると、もはや従来規模の事業を継続するのは不可能と考えて、事業規模を半分以下に縮小させる過程に入っていると推察される。
■96万人の人が職を失う危機に晒されている
利益剰余金がマイナスになったのは、表1に示す分野に限ったことだ。これらの業種でも、大企業は、利益剰余金は大きく減ってはいるが、プラスだ。したがって、表1に示すのは、この分野は、経済全体から見ると、一部分に過ぎない。 では、経済の一部の問題だから大丈夫かと言えば、そんなことはない。現金預金の保有が不十分なため、債務不履行になり、倒産する危険が高い。
倒産すると、つぎの3つの問題を引き起こす。
第1は、失業の増加だ。経営内容が悪化している分野には、2020年7〜9月期で96万人の人が働いている。 これは、法人部門での総人員数3499万人に比べると、2.7%でしかない。しかし、企業が倒産すれば、それらの人々がすべて職を失う。コロナ下では、一度職を失うと、新しい職を見いだすのは難しいだろう。
仮にそれらの人々がすべて職を失えば、完全失業者数(2020年11月で195万人。前年同月比44万人の増加)を大幅に増大させる。
■債務不履行になると連鎖倒産が発生する危険
第2の問題は、連鎖倒産だ。債務超過になっていると、仮に資産をすべて売却できたとしても、負債総額を補えない。だから、債権者は債権のすべてを回収できない。金融機関では貸し倒れが発生するし、売掛金を回収できない企業もでる。
このため、健全な企業の財務状態も悪化する。こうして、連鎖倒産が発生するおそれがある。
第3の問題は、固定資産が減少していることだ。これは、将来の事業を困難にさせる。宿泊業、娯楽業の零細企業では、固定資産が前年の半分以下に減少している。宿泊業の資本金1億円以上〜10億円未満の企業でも、2割以上減少している。
仮に資金繰りがついて事業を継続させることができたとしても、企業の体力は著しく弱まっている。
これはストックの問題であるから、コロナが収束して売上が回復しても、自動的には解決できない。
■需要喚起策でなく、縮小均衡への移行援助が必要
以上で述べた事態に対しては、よほどの踏み込んだ措置が必要だ。利益剰余金がプラスであれば、現状で必要とされる基本的政策は、資金繰りができるよう金融措置を講じることだ。
しかし、利益剰余金がマイナスになってしまうと(とくに、その絶対値が資本金を超えて、債務超過状態になると)、貸出を回収できず、貸し倒れになってしまう危険が大きいので、事態は容易でない。 これに対しては、慎重な対応が必要だ。少なくとも言えるのは、GoTo政策 はこのような状況を改善できないことだ。
GoTo政策は、消費者が支払う費用に補助を与えて、需要を増やそうとするものだ。しかし、零細宿泊業などでは、事業を縮小するために、固定資産を整理し、人員を減らしつつある。
仮に需要が増えたとしても、それに対応することはできない状態なのだ。
こうした状況下で必要なのは、支援を与えつつ、新しい事業規模へのソフトランディングを手助けすることだろう。
GoTo政策については、2020年度の第3次補正予算で、約1兆円の追加費用が計上されている。しかし、これまでの形の需要喚起政策は停止にし、そこで予定されている予算を、上で述べたようなソフトランディング支援に切り替える必要がある。