■約2ヶ月の休店を余儀なくされ
1月7日以降、埼玉県、千葉県、東京都及び神奈川県を皮切りに発出された2回目の緊急事態宣言によって、多くの飲食店が悲鳴を上げている(大阪府、兵庫県、京都府、愛知県、岐阜県、福岡県は2月28日をもって解除)。あたかも新型ウィルスまん延の根源であるかのように喧伝された外食産業のダメージは小さくない。
あまたある東京のイタリア料理屋の中でも、最も予約のとりにくい店、銀座「ラ・ベットラ」もまた、コロナ禍とは無縁ではいられなかった。現在も、3月7日の緊急事態宣言解除まで、約2ヶ月強にわたってお店は閉められている。
新型コロナに対して、「ラ・ベットラ」の落合務オーナーシェフは早くから警戒感をもっていた。去年も、最初の緊急事態宣言が発出される前の3月下旬には早々に店を閉め、1ヶ月半の自主休業に入る決断をしていたのだ。
ーー去年の2月、コロナが騒がれ始めたときにどんなふうに先行きを見ていましたか。
まず、当初、中国発のウィルスと言うことが心配でした。というのも中国は、すべてのデータ類を公にすることはないので、僕らは対応できない、と思ったんです。だから、これはひょっとしたら、大事になるかなと思った。
ちょうど2月末に京都で「日本イタリア料理協会」の見本市のイベントを3日間にわたってやっていたんです。けれども、イベント初日の夜、テレビを見ていたら、小池都知事が都の大規模イベントを延期、中止すると発表した。その夜、すぐにみんなを集めて、明日、明後日の2日間の見本市はやめようと会長である僕が決めた。
70、80社が参加して、もうみんな配送しちゃっていたからいろいろ不満も出たけど、謝ってとにかく中止にしたんです。僕のお店も、もし何かあったら、お客さんや従業員、契約している会社にも迷惑がかかるから、国から言われる前に休むことにしました。
■無借金で経営してきたことによる「落とし穴」
ーー従業員の方の給料はどうされたんですか。
銀座、池袋、お菓子の店を合わせるとうちは全部で45人くらい従業員がいるんですが、6〜7割など最低の給料は出してました。だから、初めて銀行に借金をしに行ったんですよ。5月まで休むなら、これはもう金が足りなくなるに決まっているから、と。
この店はずっと無借金で経営してきたんです。いままで借金をしてなかったことを誇っていたわけですけど、でもそれは逆に、銀行取り引きから言えば僕が信用がないということだった。そんなことも初めて勉強しましたよ。
6月から再び営業をスタートさせて、それまでは35席ぐらい入れていたのを23席にして、夜は1回転。最初の頃は9時前までお客さんが来たら入れていて、10時閉店にしていた。それでも70、80%の売り上げがあった。ランチも2回転していましたし。ただ、そのうち、今度はランチも控えろ、みたいなことが言われ出した。もう何言ってんだよって、思いましたね。
ーー一方で、落合さんは、政府に陳情に行かれたり、一般社団法人「食文化ルネサンス」を立ち上げて声を出していきます。
外食産業は、26兆円産業と言われているのに、それが軽視されているのが悔しくて。グチを言ってても、泣き言を言っててもしようがないからね。国会に人を送ったり、陳情して、動かして変えていかないと、と思ったんです。コロナ禍で気づいたのは、俺たち飲食業は、結構軽んじられてたのかな、ただの飯屋と思われてたのか、ということでした。僕の店にも、他のみんなの店にも国会議員の人たちも食べにきているわけです。でも、こうした飲食店の大変さを分かってもらえていなかった。
きちんと外食産業のことを考えてくれる、事情をわかってくれる人たちが国政に参加してくれないと、これから先、外食産業に携わる人たちの生活も守っていけないな、と今回、強く思ったんです。僕たちも、耐えているだけじゃダメなんです。ずっと耐えてきたけど、今回、耐えきれなくて、なくなっていく店もあったわけだから。僕たちの実情をわかっている人が僕たちの声を届けてくれないと、僕らの未来はないですから。
■前向きに考えて、進んでいかないと
ーー今回、外食が思うようにできなくなって、逆に外食文化の大切さに気づいた人も多いですね。
単にご飯でお腹をいっぱいにするだけなら、2人で食材買って、1000円でお腹いっぱいになるじゃないですか。レストランに行ったら、なかなか1000円じゃ食べられない。そういう意味では、わざわざレストランで食べなくてもいいんですよ。食べなくてもいいんですけど、レストランで食べるのって、そこに何か希望があるじゃないですか。レストランを予約して、お腹をすかせて向かうときの楽しみ、わくわくするような前向きな気持ち。そんなとき身体からは本当にいいオーラが出ているでしょ。
イタリア語ではレストランはリストランテというんですけど、それはリストラの語源なんです。イタリア語で言うとリストラーレ、再構築、改めて力をつけるという意味です。レストランに行ってパワーをもらう、パワーをつける。レストランはそういう場所なんですよ。僕たちは、そういういい場所をお客様に提供させていただいているんです。だからこそ、お客様が喜んで、安心して使ってもらわないと僕たちも困るし、何か不安があったら、心から「いらっしゃい!」という感じにはなれないんです。
僕は、僕たちは、リーマンショックのときも、東日本大震災のときも乗り越えてきた。今回も、料理の質が落ちたとか、そういうことではなく、お客さんが来られなくなったわけです。だから、僕らは、前向きに考えて、進んでいかないと。
僕は、いつも「それは難しい」とか、「できない」とかマイナスな言葉を使いたくないと思っています。難しい、と口にしたら、それでぱたっと終わっちゃうじゃないですか。だから、「それは簡単じゃないかも知れないけど」、「時間がかかるかもしれないけれど」と言いながら、先につなげていきたいんです。前向きな姿勢さえ忘れなければ、乗り越えられない壁はない、と信じています。