日航が更生手続き終了 震災が経営再建に影響

倒産速報 明日はわが身です。日本航空が3月28日、11の銀行から計2549億円の融資を受け、更生債権を一括返済して会社更生手続きを終えた。日航はこの日、東日本大震災で旅客が減っているため、国際線を4月から減便すると発表した。震災が経営再建に悪影響を及ぼし始めている。

日航によると11日以降、震災後のキャンセルなどで、当初計画より国際線で25%、国内線で28%、旅客が落ち込んだ。このため、国際線11路線で4月6日以降、週73往復を減便することを決めた。

日航は、約1万6千人の人員削減などのリストラで、今期の営業利益が過去最高の約1700億円となる見通しを発表している。しかし、復興や原発事故の行方次第では、需要はさらに縮小しかねない。稲盛和夫会長は28日の記者会見で「路線採算を細かく管理して、業績の下ブレをとどめたい」と述べた。

日航の大株主である官民ファンドの企業再生支援機構は、日航を12年末までに再上場させ、13年1月に支援を終える計画。日航の収益が上がらなければ、機構は支援期間の延長も含めて、経営計画の見直しを進める考えだ。

編集後記
企業経営者の失敗事例を本人の体験談の形で収録したものに、著者が「失敗学」の立場から事例分析を付し、「経営における失敗」の体系化を試みたものである。

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ウィルコム、ソフトバンクの下で再建を目指す更正計画案を提出

倒産速報 明日はわが身です。ウィルコム、ソフトバンクの下で再建を目指す更正計画案を提出

ウィルコムが10月14日、会社更生手続きの開始決定を受けて策定した更生計画案を東京地方裁判所に提出した。ソフトバンクの傘下に入り、PHS事業の維持と発展を図る。

ウィルコムが10月14日、会社更生手続きの開始決定を受けて策定を進めていた更生計画案を、東京地方裁判所に提出した。

更生計画案では、2.5GHz帯の周波数を利用するXGP事業をウィルコム本体から切り離し、ウィルコムはPHS事業の維持および発展に注力すること、発行済み株式と新株予約権はすべて無償で取得・消却すること、その上でアドバンテッジパートナーズ有限責任組合に普通株式(1株あたり1000円)を30万株発行し、ソフトバンクがスポンサー契約などに基づいてその株式の譲渡を受けることなどが盛り込まれている。更生担保権(約175億円)と更正債権(約235億円)は原則6年間で均等に分割弁済する。

つまりウィルコムは、ソフトバンクグループ傘下の1企業としてPHS事業を継続することになる。新たな資本金は1億5000万円、資本準備金は1億5000万円となり、XGP事業、PHSおよびXGP事業用の電柱などの資産、PHS基地局とXGP基地局のロケーションは、Wireless City Plannning(ソフトバンクとアドバンテッジパートナーズがサービス提供するファンドなどが出資予定の新会社)に継承される。

更生計画案が決定された暁には、管財人であり、ソフトバンク取締役兼ソフトバンクモバイル代表取締役副社長を勤める宮内謙氏を代表取締役に選定する予定だ。
合わせて宮内氏と管財人代理でソフトバンクモバイル取締役専務執行役員兼CTO技術統括の宮川潤一氏、管財人代理でソフトバンクモバイル執行役員財務統括経営企画本部長の田中錬氏を取締役に選任する。
社外監査役にはソフトバンクモバイル経理統括部トランザクション部管理課担当課長の伊吹伸安氏、ソフトバンクモバイル常勤監査役の片貝義人氏、ソフトバンク財務部長の後藤芳光氏を選任する予定だ。

編集後記
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よこてタクシー:再生 新会社の出発式 /秋田

倒産速報 明日はわが身です。よこてタクシー:再生 新会社の出発式 /秋田
倒産したタクシー会社の元従業員らが営業権を引き継ぎ再スタートした「よこてタクシー」(佐々木孝治社長・13人)の“出発式”が13日、横手市赤坂仁坂の本社・営業所であった。

午前7時半からの式には、支援した県労連の佐々木章議長らも参加。タイムカード押印、機器によるアルコール検査、車両の始業前点検などの後、全員でこぶしを突き上げ「頑張ろう」三唱をした。

新会社は福祉大型タクシー1台を含む営業車9台を運行。タクシードライバー歴20年の藤原絹子さんは「うれしいの一言。ここまでたどり着けるとは思わなかったが、地域の人に支えられてここまで来た」と話した。

前身の横手観光タクシーは赤字転落で自己破産に追い込まれ、全従業員31人を昨春解雇。運転手の佐々木さんらが苦難の末、県労連の支援を受けて再生の道を見いだした。

編集後記
今年99歳の白寿を記念し、現役医師・日野原重明が初めて語る子ども向けの自伝書。両親との深い絆の物語。10年前から全国の小学校を訪れて、いのちの大切さを伝える目的で行っている「いのちの授業」を完全収録し、特別編集した貴重なDVD付き。

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藤庄印刷:経営再建 県内初、再生機構が支援 /山形

「藤庄印刷」(山形市、藤原有二社長)は3日、企業再生支援機構の下で経営再建を図ると発表した。県内企業で機構の支援を受けるのは初めて。経営責任をとり藤原社長ら経営陣は総退陣し、新社長は機構が派遣する。藤庄印刷は東北大日本印刷に次ぐ東北地方2位の売上高の印刷会社。
 
再生計画によると、藤庄印刷は、機構による1000万円の出資金やメーンバンクの山形銀行の1億9000万円の優先株出資を受けて、主力の蔵王の森工場(上山市)などの事業を継承する新会社を設立する。有利子負債約36億円のうち、山銀などに約20億円の債権放棄を求める。不採算の埼玉工場は閉鎖し、ベトナムの子会社は清算する。売上高は今年3月期見込みの約49億円から3年後は約33億円にまで減少するが、収益は改善する見通し。納入先や一般債権者への影響は無いという。早期希望退職者を募集し、近く従業員説明会を開く。
 
同社は1946年創業、従業員374人。08年3月期には、売上高は過去最高の65億円を記録したが、原材料費の高騰や競争激化で収益は悪化。06年10月に新設した埼玉工場の設備投資費用の負担も経営を圧迫していた。
 
機構は、東北トップクラスの設備や地元経済への影響、山形銀行の積極的な支援姿勢などを理由に支援を決定した。藤原社長は会見で「経営管理が至らず支援を受けることになった。金融機関に多額の支援をお願いする予定で、心からおわびしたい」と陳謝した。

編集後記
金融危機を契機に、金融市場全体の安定性を守るマクロプルーデンス(信用秩序維持)政策が大きな注目を集めている。新しい考え方による市場安定化策、産業再生機構のケーススタディ、公的金融機能の再検討等を通じ、今後の金融規制・監督のあり方を検討・提示する。

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ゼロ精工 倒産から心機一転 5年で世界的評価

「心機一転、ゼロからの出発で成功しよう」
倒産の憂き目にあった町工場が、そんな思いを込めて「ゼロ精工」として再出発した。わずか5年で「KANSAIモノ作り元気企業100社」に選ばれ、今年11月には高い技術力を評価され、あの「ロールス・ロイス」から表彰を受けた。

エンジンのピストン構造を基につくった机上用ペンスタンドとボールペン「溜息(ためいき)3秒」は地元、兵庫県尼崎市からグッドデザイン賞を贈られ、海外からも注文が相次ぐ人気商品になっている。

ゼロ精工の前身は59年前に設立され、フォークリフトなど建設機械の精密部品を作りながらボールペンなどの文房具を作っていた。だが、2004年3月に民事再生を申請、同8月に破産宣告を受けた。

経営を立て直すため、管財人が白羽の矢を立てたのが設計会社に勤めていた岡本仁社長(63)。社員47人が直接頼みに来たのに心打たれ、再建を引き受けることになったという。

まず行ったのが、航空機部品を作るための資格「JISQ9100」の取得。専門の社員を雇い、約1年かけて取得させた。海外からの需要もあり、リーマン・ショックの影響で中小企業が経営難に陥いる中、年間約7億5000万円の売り上げを確保している。

手作業で仕上げ
少しの誤差も許されない航空機の部品作りに欠かせないのが「経験」。マイスター(匠の技)として定年を迎えた社員6人を継続雇用して若手の指導にあたっている。

製造した機械に不良品がないか検査する機械もあるが、同社は機械に通す前、必ず社員が手で触ってチェックする。素人では全くわからない誤差でも職人にはわかる。

「最後に手作業で仕上げをするから信頼される。経験を積み重ねて習得した技術を若手社員に伝えていかなくてはならない」(岡本社長)

技術力の高さは人気商品「溜息3秒」にも見られる。ペンがスタンドに約3秒かけてゆっくり吸い込まれていくのが特徴。「溜息」を生むためには空気を通すわずかなすき間を作らなければならない。高度な技術が必要だ。商品をまねしようとした中国企業もあったが、失敗したという。

風通しの良さ
社是は「和」。社訓の一つは「私たちは『助け合い』、同じ目標に向かって進みます」。

毎月行われる全体集会には社員51人が全員参加。ある若手社員は集会で上司の喫煙時間を問題にした。長くて勤務時間に影響を与えていることを指摘し、喫煙時間を限定することを提案したところ、採用され、10分間の喫煙時間を1日4回設けることになった。

毎週金曜日には懇親会が開かれ、岡本社長も必ず参加。土、日曜にも社員の家族が岡本社長のもとを訪れる。だから、ほとんどの社員の妻子の顔を覚えているという。そして、月曜朝には社員全員で話し合って決めた社訓を読む。

「意見を出すのに上下関係は問題ではない。上の人間も下の人間も同じ方を向いて仕事をしなければならない」

社員一丸となって、「ゼロ」からのさらなる発展を目指している。

編集後記
9期連続の増収増益を続けるメリーチョコレートカムパニーの原社長が、自ら先頭に立って動き、想いを伝える独特の経営手法を公開!社員を伸ばし、お客様に感動を与える会社づくりの秘密をすべて教えます。今すぐ実践できる具体的な手法満載です!

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モリヤ:再生会社選定 新社長に飯田氏、再建は3年後 /宮城

10年8月に民事再生手続き開始決定を受けたスーパー経営「モリヤ」(仙台市)の有馬隆社長らが26日、仙台市内のホテルで記者会見し、企業再生会社「スピードパートナーズ」(東京都)をスポンサーに選定し、東北西友(仙台市)などで社長を務めた飯田晴雄氏を新社長に迎えると発表した。
 
ス社は06年設立。建築会社「富士ハウス」(浜松市)やエステサロン運営「ラ・パルレ」(東京都)などの再生を手掛けている。飯田氏は西友在籍時の98年、仙台市のスーパー経営「エンドーチェーン」(現東北西友)社長に就任。再建を主導した実績を持つ。
 
自主再建を断念したモリヤは、店舗数と従業員雇用の維持、債権者への配当金の確保などを条件にスポンサーを募集。充実した金銭的支援と、仙台と縁のある飯田氏を紹介したス社が選ばれた。支援額は年40億〜50億円になる見込み。
 
会見で、ス社の白石伸生社長は「新規出店も積極的に支援する。宮城を代表する一大スーパーチェーンにしてほしい」と期待。飯田氏は「地場のスーパーには大手にはない良さがある。客のきめ細やかなニーズに合わせ、満足度を向上させたい」と意欲を語った。
 
飯田氏は2月1日付で社長に就任し、旧経営陣は全員辞任する。4月25日までに再生計画案を仙台地裁に提出し、3年後をめどに再建を目指す。

編集後記
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原弘産/自主再建モデル完遂へ

原弘産は、ADRなどかけず、社債の償還値引きにより、再建できる数値に辿り着こうとしている。

当第3四半期は、▲2億03百万円と営業損失も僅少にとどまり、通期では利益も計上できる見通しとなっている。
これは、不動産分譲事業が、第3四半期の営業収益は47億58百万円(前年同期比37.0%減)で、営業損失が1億53百万円(前同▲35億43百万円の営業損失)と大幅に縮小、一方、不動産賃貸管理業において、第3四半期でも7億80百万円(前年同期比5.2%減)の営業収益があり、営業利益も2億21百万円(前年同期比6.1%減)あるからとなっている。

第3四半期において、既に社債残は2億29百万円しかなく、借入金は元々少なく長短合わせても8億40百万円しかない。なお、平成23年2月期の第3四半期においては、社債の特別償還値引き利益や共同住宅新築工事代金の債務免除益などを45億83百万円計上している。

しかしまだ、▲18億87百万円の債務超過であるが、通期決算では、60億円の当期利益を見込んでおり、今後更に単純計算でも24億 43百万円(60億円-35億57百万円)の特別利益を計上すると思われ、今期債務超過を完全に脱することになる。

通期決算を終えた段階では、有利子負債は僅少、資産が100億円以上もある優良会社に変身する。それも資本増資金110億38百万円(資本金76億59百万円、資本剰余金33億79百万円)があり、減資して利益剰余金▲165億17百万円をかなり消し込むことも可能である。

原弘産にとって再建の戦いは地獄をも見たと思われるが、途中オーナー社長がチョンボして、役員から降りるというハプニングもあった。
それも2月末には長い戦いを勝利で納めそうである。

編集後記
アサヒビール、日本IBMと並ぶA+評価を獲得した「社長」。前・岩手県滝沢村村長柳村純一は働かない300人の会社(村役場)をどう再生したのか。「破綻しない自治体」のつくり方。

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東京ブラウス民事再生終結/トライアイズ 何か計画的過ぎて気になる

東京ブラウスは、平成22年5月31日民事再生手続開始の申立てを行なっていたが、トライアイズが、平成22年7月30日東京ブラウスに対して事業再生支援を行い、1月6日東京地裁より、民事再生手続終結が決定した。

トライアイズでは今後、東京ブラウスの主力ブランドであるCLATHAS(クレイサス)のリブランディングを早急に実施し、採算性の高い中核事業として再生させることを目的として、現在、CLATHASチームを一新、ライセンス事業、直営店及びインターネットでの販売の強化を行っているとしている。

トライアイズ:ソフト開発会社からスタートし、村上ファンドが大株主になったり、平成電電の事業を手掛けたり、紆余曲折、今日の建設コンサル事業とファッションブランド事業の分野に固まっている。そのため安定株主不在となっているが、筆頭株主は自社株買いを継続しているトライアイズ自身となっている。

業績は不況のあおりを受け3期連続の経常利益赤字となっている。ファッションの東京ブラウス(破綻後傘下)、バッグ類の松崎(破綻後傘下)・濱野皮革を傘下に納めている。09年12月期の売上高:129億65百万円、自己資本81億69百万円、自己資本率65.8%、これまでの同社の経過から実績を積まなければ金融機関からの信用は限定的なものとなろう。

上記3社は08年11月ヤマノホールディングスから同社が譲り受けたものであるが、その後松崎を破産させたり、東京ブラウスを民事再生申請させたり、やりたい放題のようでもある。
代表は証券会社出身、平成電電から当社に送り込まれ、そのまま代表となっているその道のプロであり、ファッションなどは素人。

東京ブラウスの民事再生終結のコメントでは、トライアイズは元々関係なかったようにも見られるコメントであるが、実質親会社のトライアイズが民事再生を申請させたものである。

編集後記
「最近の企業倒産の傾向」データ、「私的整理に関するガイドライン」の解説、都市部を中心とした不動産価格バブル化の影響、「改正破産法」に関わる内容の改訂、「保証協会付き融資」についての改訂、「平成17年度税制改正による民事再生法における評価損・欠損金の扱いの変更」のポイント解説・他、企業再生のプロ・川野雅之が、制度改正等を踏まえて、これからの中小企業再生の考え方を分かりやすく解説。

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倒産後の状況 2001年12月倒産の高松琴平電気鉄道

高松琴平電気鉄道株式会社(たかまつことひらでんきてつどう)は、香川県に3つの路線を持つ鉄道会社である。本社は香川県高松市栗林町二丁目19番20号。グループキャッチフレーズは「うみ・まち・さと - 心でむすぶ」。

太平洋戦争中の1943年11月1日、陸上交通事業調整法に基づいて高松市周辺の鉄道事業者が合併して誕生した。直後に、同じく高松市周辺のバス事業者を吸収している。

空襲による市内線の焼失、その代替として高松築港までの路線延長を行うなどの結果、1950年代前半に現在の鉄道路線網ができあがった。以降、琴電グループの中心として、鉄道事業・バス事業などを行ない、1970年代には流通事業、ホテル業に進出した。バス事業は1985年に子会社の高松バス(現在のことでんバス)に譲渡している。

転機となるのは、鉄道3線の拠点である瓦町駅の近代化計画である。1970年代に構想が持ちあがったもので、駅ビルを建設し百貨店を開くというものである。しかし、諸般の事情により計画の具体化は1980年代後半となり、着工は1993年、竣工は1997年となった。

そしてそごうグループと提携して「コトデンそごう」を設立・開店した。しかし、バブル経済期の甘い見通しのもとに立てられた収支計画、ならびに2000年のそごうグループ破綻の余波を受け、コトデンそごうは民事再生法の適用を申請し閉店する。その同社への債務保証が原因で高松琴平電鉄は経営難に陥り、2001年12月に子会社のコトデンバス(現在のことでんバス)とともに民事再生法適用を高松地裁に申請、事実上倒産した。結果、琴平電鉄時代からの経営者である大西一族は退陣、代わりに香川日産グループや地元の大手食品メーカー「加ト吉」(現・テーブルマーク)などの支援を受け、経営再建することになった。この再生計画は2006年3月に終了した。

かつては琴電(ことでん)・TKR、後に片仮名書きのコトデンの愛称で親しまれていたが、民事再生法適用申請後、イメージを一新するためにことでんと平仮名書きに改めた(ただし、駅名には漢字の「琴電」が引き続き使われる)。車両の社名銘板の表記は「高松琴平電鉄」となっている。この表記は直営時代のバスでも用いられていた。なお、現在のことでんのことを「琴平電鉄」「高琴電鉄」と表記している文書等もあるが、この表記は誤りである。

また、2005年2月2日には中国・四国地方の鉄道・バスでは初となる非接触式ICカードシステムIruCa(イルカ)をことでんバスとともに導入した。

編集後記
鉄道会社の再建としては、しなの鉄道が有名です。しなの鉄道のマーケティングから教えられることは非常に多いのではないでしょうか。

経営再建嵐の百日

採算・効率のモノサシでは切り捨てられないローカル鉄道。地域文化を掘り起こし、現代性と地域性を反映させた再建策の試みはどのように導かれていったのか。「しなの鉄道」の例を取り上げて紹介する。

倒産後の状況 2001年5月倒産の杉乃井ホテル

杉乃井ホテル(すぎのいホテル)は、大分県別府市の別府八湯のひとつ観海寺温泉にある大型リゾートホテルである。客室総数562室、収容宿泊客数2,434名で、別府市では最大の規模を持つ。

1944年8月開業。

1966年に新館(現HANA館)、1967年にスギノイパレス(劇場や大浴場を備えたレジャー施設)、1971年に本館を建設し、収容客数で別府一の巨大ホテルとなった。団体旅行客を主なターゲットとし、関西地区を中心にテレビCMを盛んに流すなどの積極的な広告宣伝戦略により、高度成長期には経営的に大きな成功を収めた。

1980年代以降、団体旅行客の減少や、施設の陳腐化などにより収益が悪化した。また、労使紛争の泥沼化で

1990年にロックアウトが発生して、対外的な信用を大きく損なった。このため経営が行き詰まり、2001年5月に137億円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請するに至った。

再建にあたっては、所有と運営の分離が図られ、運営については加森観光がスポンサーとなり新設された「杉乃井リゾート株式会社」が行い、土地や施設はオリックス不動産が出資する「株式会社杉乃井ホテル」が所有することとなった。しかし、2008年9月1日、加森観光は保有していた「杉乃井リゾート株式会社」の全株式をオリックス不動産に売却し、杉乃井ホテルの所有及び運営はオリックス不動産グループに一元化された。

2003年以降、老朽化した施設の更新が行われ、展望露天風呂「棚湯」、高齢者対応客室「Good Time Floor」、スパ施設「Spa the Ceada」などが新設されている。

2003年11月にオープンした「棚湯」は、スギノイパレス内の旧「夢の大浴場」・「花の大浴場」を取り壊し、その跡地に新たに建設された日本最大級の露天風呂である。高台にある地形を活かして棚田状に広がる露天風呂からは、別府湾を一望することができる。

2004年頃からは韓国や台湾からの団体客を積極的に誘致し、観光事業の国際化のビジネスモデルのひとつとして注目されている。

編集後記
老舗復活にかける人々の物語
星野リゾートほか全国の老舗旅館の復活劇を徹底取材。よみがえった旅館、その再生の内幕。

旅館再生

近年の旅館情勢がわかります。
旅館再生例や板場などの人事事情も簡潔に書いてありますので、旅館経営者や総支配人・支配人クラスが一度目を通してもよいかなと思います。値段も高額ではないので、全てを実践するのではなく、一つか二つでも参考になればよいという方にお勧めです。
日々の経営に行き詰まりを感じたり、ストレスがなかな取り除けないと思ってダラダラと仕事をしていませんか。
ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。