会社について
岸商事鰍ヘ、1911年(明治44年)11月に織物販売を目的に個人創業し、12年(明治45年)6月に(名)岸商事に改組したものを、戦後の新時代に即応するため50年(昭和25年)1月に新たに当社を設立して業務を継承した、合繊織物の製造販売、合繊糸製造販売、紡績糸製造販売、仕入製品販売業者。
当地産元商社としては老舗の1社で、オイルショック以降の低成長時代に商品開発での対応の遅れや組織の硬直化から、82年6月末に経営危機に見舞われたが、その後は主力銀行、合繊メーカーの支援を得て、資産処分、経営陣の刷新、人員の合理化、不採算部門の廃止等を断行して回復した経緯がある。
一時は石川県下に製造会社6社、多角経営にともなう電子機器組立会社及びビル用サッシ販売施工会社各1社の子会社を有し、岸グループを形成したが、不採算の電子機器部門からは2003年9月に撤退、製造子会社も2004年1月に3社を統合、1社を廃業とした。
業績面では、経営危機が表面化する前年の81年10月期に約778億3000万円の年売上高を計上し、法人申告所得でも公示されるほど収益を上げていた。しかし、翌年の経営危機以降、人員整理や業務の見直し・統合、等を進め、原材料糸も売買からメーカーからの支給へ切り替えるなどして繰り回し、負債の圧縮を図っていた。
倒産の経緯
しかしながら、繊維不況といわれる海外製品の台頭やメーカーの海外生産へのシフトなどから業況の低迷が続き、2007年10月期の年売上高は約77億4600万円まで低下。また、グループ企業の整理に絡む多額の不動産等購入資金や貸付金などはグループ内での処理であったことから実際の債務圧縮はされておらず、借入負担が過重となり余裕のない資金繰りとなった。
そのため主力行の指導を仰ぎながら財務面の健全化を進め、決算期をグループ企業に併せるべく変更するなどと共に、生産の効率化を進める事での収益性改善を図った。併せて、石川県中小企業再生支援協議会よる私的再建を図っていたが、主力行を含めた借入が2008年9月に代位弁済措置を受け、厳しい資金繰りが表面化、同年12月期の年売上高は約61億300万円に留まり、大幅な欠損に終わった。そのなかで、2008年後半からの世界的景気低迷により受注環境が一層悪化。借入金の利息支払いが停滞し、金融機関からの借入が債権回収会社に譲渡されるなど財務状況は悪化をたどり、私的再生の継続も困難となったため、事業継続を停止した。
編集後記
会社が生き残るための実践で役立つ提言。中小企業、大企業、官公庁と実際に勤務し社長から平社員まで経験。総務人事、製造、営業、財務とすべての部門にも携わり、倒産企業の再建を引き受けたこともある著者が、今までのビジネス経験を綴った本。
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