ほめるお父さんが、尊敬される。

「しかる」という教育のさらに上に「ほめる」という教育があります。

しかることは、間違ったときに感情的にならず、正しさを教えることです。

ほめるということは、間違ったときには、よいところをピックアップしてほめ、悪いところも一緒に直してもらうという方法です。

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間違いを正すために、間違いそのものに焦点を当てず、ほめるべき点に焦点を当て、一緒に悪いところも直すようにするのです。

例えば、初めてひとりでおつかいをしたときに、レジでおつりをもらい忘れた失敗例で説明しましょう。

怒鳴る例、しかる例、ほめる例の違いです。

怒鳴る例

「ばか!きちんとおつりをもらってこい!それくらい常識だろ!ほんとにおまえはだめなんだから」

しかる例

「おつりをきちんともらわないといけないでしょ。次から気をつけてもらってね」

ほめる例

「ひとりで買いものできて偉いぞ。次からはおつりをきちんともらうと、もっとすごいぞ」

この違いに今あなたは、しっかりと驚いてください。

主観的になっているとわかりにくいですが、客観的に言葉のギャップをみると、これほど違いがあるのです。

大人は何気なく口にしている言葉でしょうが、聞いて受け止める子どもには、まったく印象が異なります。

子どもにおつりをもらうように教えるというだけでも、これほどに差が出てくるものです。

あなたは「怒鳴る」「しかる」「ほめる」のうち、どの教育で子どもを育てていますか。

親として目指すべき教育は、ほめることです。

怒鳴る、しかるは、親としてはエネルギーもストレスもたまりますが、ほめることはストレスがたまりません。

ほめられるとうれしくなり、もっと行動したくなります。

もっとがんばりたくもなります。

子どもの才能を引き伸ばす教育方法なのです。

父は、妻をけなしてはいけない。

子には、自分の両親に対して誇りを持ってもらわなければなりません。

自分の両親がばかだと、そんなばかな親に育てられている自分もばかなんだと思います。

とにかく子どもは、自分の両親を1番大切な存在として見て、考えます。

手本であり、指標と考えます。

お〜い父親 Part2/汐見稔幸

しかし、両親がしっかりしていると、自分もしっかりしていると思いはじめます。

子どもには、自分の両親はしっかりしていると思ってもらわなければならないのです。

ときどき、父が母をばかにする場面があります。

「愚妻(ぐさい)」という言葉がありますが、愚かな妻と書くように、妻を見下した表現です。

家庭の外では、相手に失礼にならないように、自分の身内のことを見下して表現することはあります。

しかし、家庭内において妻を見下した表現は一切必要ありません。

妻を見下した言葉を使い、なにか意味があるのでしょうか。

子どもは自分の両親がばかだと感じるとがっかりするだけでなく、失望します。

両親同士が、ののしり合っていると、子どももグレてしまいます。

非行に走る子どもの両親は、決まってよくけんかをして、ののしりあっています。

非行に走る少年が悪いのではなく、家庭内において両親の仲が悪いから、それを見ている子どもも非行に走りはじめたのです。

自分の両親がばかだと思いはじめれば、子ども自身も自分がばかだと思い込み、非行に走りはじめる。

ばかと言い合う両親を見ていると、子どもまでそうなります。

そういうふうに育てているからです。

仲間同士がけんかをして、切りあっているようなものです。

まったく意味がありません。

見苦しく、お互いが苦しくなるだけなのです。

車の運転の仕方に、父の本性が現れる。

子どもは意外と、父の車の運転をよく見ています。

車の運転で見せる姿が父親の本性だと思っています。

ハンドルをにぎると性格が変わる人がいます。

父親 その役割と子どもの発達/D.B.リン/今泉信人

しかし性格が変わるのではなく、本来、抑制されていたものが吹き出ているだけなのです。

車の中であれば、相手の車に対して悪口をはいても、聞こえません。

聞こえないことをいいことに、気持ちがゆるんで、普段思っている言えないことを言ってしまいます。

ハンドルをにぎって性格が変わるのではなく、本音が出ているだけなのです。

本当の性格なのです。

子どもはその感覚を敏感に感じ取ります。

ハンドルをにぎる父がガラッと変わると「これがお父さんの本性」と思ってしまうのです。

ハンドルをにぎっているときの言動には、十分に注意しましょう。

子どもは父の運転のときまで、しっかりと見ています。

妻に子育てを任せている家庭は、うまくいかない。

父親は、仕事ばかりしている自分は、子どもからかっこよく見られていると思っています。

しかし子どもは、仕事ばかりしている父親を、かっこ悪いと思います。

ここで、双方のギャップが生まれます。

母親の条件父親の条件/斎藤次郎

「子育ては妻に任せている」という父親のことを、無責任な親と思っています。

そんな父親に限って、子どもが非行に走り始めると「おまえ(妻)の育てかたが悪いんだ」と責任を転嫁します。

本当は妻が悪いのではない。

子育てを放棄している父親に、本当の責任があるのです。

子育てをすべて妻に任せているから、妻ひとりに負荷がかかり、大変になります。

ひとりでさえ手のかかる子どもが、2人も3人もいれば、妻だけで手に負えることではありません。

男は仕事さえしていればいいという父親は、実は子育てから逃げているだけなのです。

「男は仕事さえしていればいい。金を稼いでやっているんだ」というのではいけない。

子どもはお金ではなく、愛が欲しいからです。

愛を与えず、お金ばかりを与えている父親は、その時点で子育てを勘違いしているのです。

疲れがたまった休日は、家族で温泉に出掛けよう。

「自分は仕事をしているから、子育ては妻に任せればいい」


「男は仕事さえできていればいいんだ」

そのように考えているお父さんは、要注意です。

子どもから見ると、いつも家にいないお父さんは「一体どうしたんだろう」と不安になります。

仕事が忙しいと、子どもが起きるよりも早く家を出て、子どもが寝たあと帰宅することになります。

子どもと顔を合わすことが少なくなりますね。

では、せめて休日くらいは子どもとのふれあいをふやしてはいかがでしょうか。


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「そうしたいのはヤマヤマだけど、とにかく疲れているから寝たい」


「休日くらいは、ゆっくりさせてくれ」


「のんびりしたいんだ」

そう思うお父さんもいることでしょう。

私から、よいアイデアがあります。

疲れをとる温泉に、一緒に出掛けるというのはいかがですか。

温泉であれば、気持ちよくて疲れも十分にとれることでしょう。

同時に、子どもとふれあう時間もふえます。

癒やされながら、家族との時間をふやすことができる。

なかなかいいアイデアですよね。

実はこのアイデアは、わたしの父が実行していたものです。

わたしの家族は、休日には近くの温泉によく家族で遊びに行っていました。

休日だからゆっくりさせてほしいという父と、休日だから家族で出掛けたいという母や子どもの両方の願いを同時にかなえるアイデアです。

父が疲れをとるためであり、家族とふれあう時間を少しでもふやすためです。

疲れている休日には、疲れをとるところへ家族と遊びに出掛ければいいのです。

教育は、怒鳴ることではない。しかることである。

子どもをすぐに怒鳴る父親は、尊敬されなくなります。

そうはいえ、子どもを怒らないわけにはいかない場合もあることでしょう。

そんなときには、怒鳴ることで教育するのではありません。

父親のしつけ七つの実践/辻創

「しかること」で、教育するのです。

怒鳴るというのは、間違っていることを大声で当たりちらすだけです。

子どもを、恐怖と脅迫という圧力により、脅すことです。

 

一方でしかるというのは、どこが間違っているのかを教えた上で、どうすればいいのかをきちんと整理して説明することです。

感情的にならず、淡々と「それはちがうよ。こうだよ」と教えることです。

子どもは、小さくて弱いため「怒鳴る」というような圧力で、教育をしてはいけないのです。

感情的になってはいけない。

子どもは怒っていると怖がるため、素直に話が聞けなくなります。

怒鳴るのではなく、しかることにより、正しいことを教えればいいのです。

子どもとしては、しかる親を尊敬するようになります。

子どもが間違っても、怒鳴らない父になる。

子どもから見ると、すぐに怒鳴る父は、尊敬の対象ではなくなります。

間違ったことをしたからとはいえ、怒鳴って怒るのはいけません。

感情にふりまわされている姿に見え、大人らしくないように見えます。

大人から見ても、怒鳴っている大人は子どものように見えるように、子どもから見ても、怒鳴っている大人は子どものように見え、頼りなく思えてしまうのです。

お父さん、こっちを向いて! 女性精神科医からの父親へのメッセージ/上村順子【86時間限定!エ...

わたしが子どものころに見た「すぐに怒る大人」は、子どもから見てもおもしろおかしく思えたものです。

「それくらいのことでいらいらしなくてもいいのに」と思い、器が小さく感じてしまいました。

怒鳴っている人を、尊敬の対象とは見られないのです。

子どもを怒鳴る親は、子どものためにと思っているようです。

しかし、子どもは怒られるとそれだけで頭がいっぱいになり、反省する余裕がなくなります。

そのことに、大人は気がついていません。

父親だけでなく、母親もです。

怒鳴ることは、一種の脅迫です。

恐怖脅迫という圧力によって教育する方法は、子どもを怖がらせてしまいます。

すぐに怒る親のもとでは、子どもは「きちんとしよう」という積極的な気持ちよりも「怒られないようにしよう」という保守的な気持ちのほうが大きくなります。

本来は、自分の間違ったことを反省して、次からは間違えないように行動するための教育です。

しかし、子どもが間違ったからという理由で、怒鳴ってしまう親だと、子どもは「間違えないように」とばかり考えてしまうようになってしまうのです。

子どもが遠くに離れても、目には見えない糸でつながっている。

わたしが今、父に感謝していることは、わたしを手放してくれたことです。

高校卒業後、アメリカへ留学したいとき、許してくれました。

日本に帰り、今後は東京で就職したいときも、許してくれました。

よく許してくれたなと思います。

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親の知らない土地へ子どもを行かせることは、つらいことだったと思います。

しかし、おかげでわたしは今、自分の能力を発揮することができています。

ときどきわたしは、不思議な感覚になることがあります。

自分を動かしているのは、自分ではない感覚です。

少し意味がむずかしいですかね。

わたしがしているおおもとは、すべて根底に親の力があることに気がつきます。

自分が今ここまで成長できたのは、親のおかげです。

ということは、わたしの成長は、親によるもの考えることができます。

わたしは今、たくさん本を書いています。

たしかに書いたのはわたしですが、書かせてくれているのは親です。

ひとり暮らしで自分の自由な時間があるからこそ、できることです。

親からの許しがなければ、ひとりで暮らすことはできませんでした。

自由な時間もできなかったことでしょう。

いまだに親のそばで実家で暮らしをしている状態が続いていれば、ここまでできた自信はありません。

親は、そばにいるだけで、なにかと口をはさんできます。

畑仕事やら家族行事やら、自分のやりたいことを妨げられることが多いです。

東京でひとり暮らしをすることを許してくれたり、束縛せずに好きなようにさせてくれたりします。

お世話されていないようですが、実は十分にお世話されているのです。

あやつり人形のように操作されているような感覚です。

親からの許し、支援援助、愛情があったからこそ、今のわたしが存在しています。

許し、支援援助、愛情という目には見えない糸でつながり、わたしは今、遠くにいる親から操られているような感覚になっているのです。

父が子にできることといえば、父としての手本を見せること。

父として子どもにできることといえば、手本を見せることです。

前向きな姿勢という手本です。

手本を見せることでしか、子どもに対して姿勢、威厳をアピールすることはできません。

誰よりも強くかっこよい父を見て、子どもはあこがれ、尊敬するようになります。

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一生懸命になっている父は、ゲームで勝っても負けてもかっこいい。

子どもは父から「一生懸命さ」を学び「積極性」を学び、同じようになりたいと思うからです。

父が「こうしろ、ああしろ」というふうには育ちません。

父がすることを、そっくりそのまままねするようになります。

一生懸命になっている父を見て、かっこよく感じ、あこがれを抱くようになるからです。

政治家の息子は政治家になりやすいといいます。

環境やお金持ちという条件がそろっているだけでなく、政治家として働く父の姿にあこがれたからです。

医者の子も医者になりやすいと言います。

医者として人を一生懸命に治療する父を見て、子どもは感動し、同じような道に歩みたいと思うからです。

スポーツ選手の子も、スポーツ選手としての道を歩みやすい。

アニマル浜口の娘、浜口京子さんも、父と同じ道を歩んでいます。

かくいうわたしも、父と似ている道を歩んでいます。

父は、機械系の仕事をしていたため、機械関係には強かった。

部品を組みたてたり、修理したりしている父がいつもそばにいたから、機械に対していつの間にか抵抗がなくなっていました。

パソコンで仕事をしている父は、楽しそうに見えました。

楽しそうだったから、わたしもパソコンにふれるようになり、気がつけば、IT業界という父の道と似ている進路を選んでいます。

父の背中を見て、自然とあこがれを抱き、無意識のうちにそうした進路を選んだのです。

父からは「将来はこうなりなさい」とは、まったくのひと言も言われていません。

しかし、父が父としての手本を見せてくれただけで、十分に学びがあったのです。

「親離れ」だけではない。親も「子離れ」をしないといけない。

子どもはある程度成長すれば、親から離れようとします。

茶道の教えである守破離と同じように、成長した子どもは最終的に親から離れようとします。

しかし、親離れをしたい子どもがいても、子離れをしたくない親であれば問題です。

本来、子どもの成長を願いながら、子どもが親から離れようとしたときに、拒む親が多いのです。

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「ひとり暮らしを始めたい」と言う子どもに対して、親であるあなたは、こういうことを言っていませんか。


「許しません。あなたがひとりで暮らし始めたら大変なことになる」


「お父さん、お母さんが、あなたを監視できなくなるでしょ」


「誰が親のめんどうを見てくれるの?」

こういうことを言う親は、自分のことばかりを考えている親なのです。

子どもの成長を願いながら、成長したがる子どもを束縛しています。

ひとり暮らしを始めたいと言い出した子どもに対して、親は「いいよ」と言わなければならないのです。

それはついに、成長の最終段階「離」に入ったということです。

親はむしろ大喜びしないといけないのです。

「親がいなくても生きていけるようになります」という一大決心をしているのです。

悲しいことではなく、喜ぶべきことです。

いずれ親は、子どもよりも先に死んでしまいます。

そのときに、問題なくひとりでも生きていけるように、親がいるうちから「親がいなくなったときの体験」をさせておくことが必要なのです。

本当に子どものことを思う親は、必ず子どもを手放すことができます。

早く手放したいと思います。

かわいいからといつまでも自分の手の中にいると、子どもは本当に成長できません。

「かわいい子には旅をさせよ」という言葉があるように、本当に子どもの成長を思うのであれば、いつか子どもを手放す勇気を持ってください。

親こそ「子離れ」をするのです。

子どもを手放すことは、親としては、本当につらいことでしょう。

しかし、いつまでも井の中の蛙では、子どもが社会に出たときに、うまくやっていくことができません。

「親離れ」をする子どもを、親は歓迎しないといけないのです。

引き止めてならず「行ってらっしゃい」「つらくなったらいつでも戻ってきなさい」というくらいでいい。

親離れをするのは、子だけではありません。

親のほうこそ「子離れ」していかないといけないのです。

日々の経営に行き詰まりを感じたり、ストレスがなかな取り除けないと思ってダラダラと仕事をしていませんか。
ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。
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