伝統の銘菓「長生殿」を守って 菓子の森八(金沢・大手町)

伝統の銘菓「長生殿」を守って 菓子の森八(金沢・大手町)

吟味した原料を手仕事で
天下の銘菓「長生殿」を生んだ金沢市大手町の「森八」の創業は嘉永2年(1625)。
初代は、酒造業を営む加賀藩のお目得町人である。この人はたいそうすぐれた茶人だったようで、そんなことから加賀百万石の前田三代利常とは、あるいは茶会の交わりがあったのかも知れない。
利常は茶会を催すときには、みずから菓子をこしらえるという凝り性で、「長生殿」はこの茶席菓子から生まれ、390年のあいだ、金沢の風土に伝えられ守られてきた菓子なのである。

創業のころは、白地に胡麻を散らした、うすい塩味だったらしい。「田の面に落つる雁のよう」と、後水尾帝が評されたところから、以後、落雁(らくがん)と名付けられた。
現在、金沢市内にはお菓子をつくる店が100軒ほどあるそうだが、代表的な銘菓は「長生殿」で、製造元の「森八」では172万枚も売れたという。

この落雁「長生殿」は、砂糖にモチ粉をまぜ、糖蜜で練る。砂糖は徳島の極上和盆糖だが、和三盆と本紅の確保がむずかしいとか。
本紅はもとは山形産のものを使っていたが、今は岩手県の1、2軒の農家に生産をたよるばかりの心細さである。

「森八」では代々伝わっている家訓に
「原料が入手不能の祭は製造を中止すべし」
という1カ条があるので、米と砂糖と紅のどれ一つ欠けても、「長生殿」は打たないという。50年ほど前に大手の化粧品メーカーが紅花を買い占めたことがあり、このときは仕方なく、白い「長生殿」ばかりを打ったそうな。

その過程のほとんどが手仕事なのである。それに、いま一つの難しさは「長生殿」の篆書(てんしょ)文字を打ち出す技にある。
蒸しあがった落雁を型木に詰め、すみずみを軽くきっちりと押さえてから、一呼吸おいてポンと打ち抜く。
そのとき「長生殿」という字画をくずさずに打ち抜くには、やはり10年からの修行がいるという。
しかも、そうしたベテラン職人でも1日に100枚打つのがやっとのこと。
これほどさような伝統の菓子というものは手間隙がかかる。だから「長生殿」は、つくればつくるほど赤字が出るのだという。
といって、機械生産をしては「前田のお殿様に対して申し訳がたたない」と、そんな当主の苦しい胸の中をまるで知らぬげに「長生殿」は優雅な趣を漂わせながら「森八」の店頭に端然と並んでいる。
日々の経営に行き詰まりを感じたり、ストレスがなかな取り除けないと思ってダラダラと仕事をしていませんか。
ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。