洋菓子に賭けた男の生涯 菓子の森永製菓(東京・芝) 1/2

洋菓子に賭けた男の生涯 菓子の森永製菓(東京・芝)

10年を1期として仕事せよ
「おいしく・たのしく・すこやかに」のシンボル「エンゼルマーク」森永キャラメルでおなじみの森永製菓梶i東京都港区芝)は明治32年(1899)、佐賀県生まれの森永太一郎が、東京・赤坂溜池に日本初の洋菓子専門工場(森永西洋菓子製造所)を創設したのに始まる。

森永太一郎の生家は、佐賀県伊万里町(現・伊万里市)で祖父の代まで伊万里焼の問屋を営んでいたが、父の代に事業不振となって没落。そのうえ頼みとする父は明治3年(1870)に死去、母は他家に再縁したため、天涯孤独の身となってしまった。
12歳のとき、伊万里焼の問屋を営む伯父・山崎文左衛門の薫陶のもとで、行商を始めた。その伯父の訓戒は次のとおり。

1、いかなる場合においても正当な品のみを扱い、決して不正直なものを売買してはならぬ。
2、もし目の前の欲に迷い、不堅実の品を扱うようなことがあったら、決して真の商人となることはできない。
3、適当の価と信じてその売価を発表したならば、顧客に左右せられてもその値を絶対に引いてはならない。もし、値を負けるような意志の薄弱なことでは、商人として成功することは到底不可能である。
4、また、急がずに10年を1期と定めて仕事をせよ。その理由は商売をしていると走馬灯のように、絶えず損があり益があるから、眼前の損益にとらわれると、自然迷いが生ずるので、遠大に構えてその業を終生守ることができなくなる。
日々の経営に行き詰まりを感じたり、ストレスがなかな取り除けないと思ってダラダラと仕事をしていませんか。
ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。