厳しい掟で290年の家名連綿 紙の服部商事(東京・京橋) 1/2

厳しい掟で290年の家名連綿 紙の服部商事(東京・京橋)

伊勢屋、稲荷に犬の糞
江戸は開府以前には商家といっても、近在の農民相手の商いが細々と営まれていただけで、商業といえるほどのものはなかった。
だから、江戸開府とともに家康とともに従って、はるばる江戸の地に乗り込んだきた他国の商人が幅をきかしたのもむりからぬことであろう。

したがって江戸町人の草分けとなったものは、三河や遠江、近江、伊勢、京阪の商人がその大半を占めていた。なかでも伊勢の商人は「江戸名物、伊勢屋、稲荷に犬の糞」と軽口をたたかれるほど、大江戸八百八町、とりわけ日本橋周辺の商家には、伊勢出身の者が多かった。
彼らは、成功して店を構えると、多くは伊勢屋と称した。江戸ではこれら伊勢商人の店を伊勢店(だな)といい、伊勢ではこれを江戸店(だな)と呼んでいた。

創業が万治2年(1659)の服部紙商事梶i東京都中央区京橋)の初代仁平治も伊勢国山添村(三重県松阪市山添町)出身で、はじめ両国付近に煙草屋を開業し、第8代八左衛門が煙草屋のほかに紙の商売も手がけたにに始まる。したがって、現存する紙問屋の中でも、最も創業が古い紙商である。
そして、文化10年(1813)刊行の「江戸十組問屋銘鑑」の紙・茶・煙草・傘・ろうそく・そうめん・麻芋・線香問屋の部に服部は「湊屋源三郎」の名でそれぞれ掲載されている。
日々の経営に行き詰まりを感じたり、ストレスがなかな取り除けないと思ってダラダラと仕事をしていませんか。
ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。