東京ディズニーリゾート(年間約2500万人)に迫る集客数を誇るイケアが、国内6店舗目をオープンさせた。同店の立ち上げを密着取材した。北欧の巨人が放つ次の一手とは?
近くのライバル店は売り上げ2倍に
「昨日の朝10時から並んでいます。地元にイケアがやってくるニュースを聞いて以来、一番乗りをめざしていました。今日は子供用のベッドを買いたいですね」
横殴りの雨の中、先頭で待つ地元出身の石川咲子さん(28歳)は、興奮気味に話す。
4月11日の福岡県糟屋郡新宮町。この日、国内6店舗目となるイケア福岡新宮店がオープンした。悪天候のため午前10時の開店を20分繰り上げると、1300人も並んだお客がエスカレーターに乗って次々に2階のショールーム(家具売り場)をめざす。すぐ横の階段からはイケアの従業員がスウェーデン国旗を振って祝福する。
混雑する光景を横目にそれぞれの持ち場で指揮を執る3人がいた。
「開業したのはうれしいですが、販売としてのスタートはここから。部下にも『旗は心の中で振ろう』と伝えました」と話すのは辻洋平さん。福岡新宮店の販売や商品展開を担うセールスマネジャーだ。日本の大手流通勤務8年を経て、イケア・ジャパンに転じた。現在はセールス部門140人の大所帯を率いる。
ポスターや案内表示から価格ロゴまで、店頭レイアウトやメッセージ伝達といったビジュアル面をすべて担う、コミュニケーション&インテリアデザインマネジャーの佐藤舞さん。次々に売り場へと向かうお客を笑顔で迎える。
「時には議論もしながら進めましたが、開業前にわからなかった細かい部分も、お客さまの行動から答えが見つかるはず。お店って本当に面白いと思います」
「見た目はフワフワしているが、実務能力は素晴らしい」(同僚)と称される佐藤さん。マネジャーとして初めて店舗立ち上げに関わり、大役を務め上げた。
店内物流を担当するインストア・ロジスティクスマネジャーの高井宏樹さんは、沢木耕太郎の『深夜特急』に影響を受け、20代はバックパッカーでユーラシア大陸を横断していた行動派だ。
「プレオープン後の店内在庫の補充・陳列や整理が残っており、開業日は夜中の2時に出社して作業を続けました」
3人はストアマネジャー(店長)のドミニク・マジェールさんの補佐も担う。一般企業のマネジャーに比べて年齢は若いが、1号店オープン以来6年間、日本の消費者と向き合ってきた。
社内で「トリニティ(三位一体)」と呼ばれる3人(チーム)は執務デスクも近く、会議だけでなく、現場や事務所で意見交換をしながら準備を続けた。
福岡新宮店だけで480人のスタッフを抱えるが、多くの企業にあるセクショナリズムはない。「ねえねえ」という言葉が頻繁に飛び交い、ロジスティクスとセールスが一緒に店舗を歩き、回転の悪い在庫を売る方法も考える。
2011年1月にイケア・ジャパン社長に就任したミカエル・パルムクイストさんにとっても、初の新店舗開業は感慨深いものだった。ある従業員は「ファンタスティック! と声をかけられた」と明かす。
開業日に行われた共同記者会見の席上、「来店客の声を聞いたか」という質問に対してもこう答えている。
「コワーカーにお礼を言っていたので、まだお客さまの声は聞いていません」
2006年の船橋(千葉県)を皮切りに、港北(横浜市)、神戸(兵庫県)、鶴浜(大阪市)、新三郷(埼玉県)に出店した世界最大の家具メーカーの九州初上陸──。「わくわくが、家にやってくる」を掲げ、新しもの好きの九州人に訴求した滑り出しは上々だ。
福岡新宮店のカード会員はオープン前に6万人を超え、開業当日も悪天候の中、3万人のお客が足を運んだ。
プレオープンと呼ぶ、会員向けの事前販売では、4990円と5990円の「ポエング」(日本人デザイナー考案のひじかけイス)が200脚も売れた。
──と、景気のいい話から始めたが、実は国内家具市場はバブル経済崩壊後から右肩下がりの低迷が続く。
「1991年に年間6兆円だった家具の総販売額が近年は3兆円と、20年間で半減してしまいました」(家具専門誌「ホームリビング」の長島貴好編集長)
そんな中、ニトリとともに家具業界を牽引するのがイケアである。両社を比較すると、上場企業のニトリは国内258店舗で売上高は1587億円、営業利益が27億円(11年2月期・単体)なのに対して、イケアは非公表だが(各方面の取材から判断すると)、既存5店舗で売上高は430億〜450億円と推計される。
グローバルの売上高は252億ユーロ(約2兆6460億円)と、ニトリ(3310億円・12年2月期・連結)の8倍もの規模を持ち、商品カタログの発行部数も年間2億800万部(出版物の中で最多)を誇るイケアは、日本国内では、売り上げの数字以上に周辺に及ぼす影響が大きい。
たとえば福岡新宮店も、当初は別の大型商業施設が出店する予定だったが、頓挫すると周辺の店舗出店も止まった。それがイケア進出決定後に再び流れが変わり、スターバックスやユニクロが出店を決めた。それだけ集客効果が高いのだ。JR鹿児島本線の新駅として10年に開業した新宮中央駅前のマンションも、最近は建設段階での完売が続く。
福岡新宮店の立地場所は、博多と小倉を結ぶ国道3号線のロードサイド近くだ。3号線の反対側にはニトリをはじめ、中村家具(本社・福岡市)やナフコ(北九州市)、迫田(鹿児島市)といった家具チェーン店が立ち並ぶ。家具激戦区でのイケア進出を、他社はどう受け止めているのか。
「
実はイケアさんの開業後、売り上げは2倍になりました。お客さまが、まずあちら(イケア)に行かれてから来店し、『ここに来るとホッとする』と話しながら家具を買われるケースも目立ちます。イケア出店が決まったとき、事前調査のため船橋店を訪れましたが、当社は国内外の高級家具を安心価格で提供するので、顧客層は重なりません」(中村家具・新宮店の尾崎純子店長)
福岡県には木工家具の集積地・大川家具があるが、大川市内の家具生産額は縮小が続く。イケア進出が市場活性化への起爆剤となるかもしれない。