歳末の就活「大臣は分かってない」 家族だんらん、夢のまた夢

船で8時間かけて職探し
平成20年のリーマン・ショック以降、職も住まいも失った人を支援してきた「年越し派遣村」。国は今年、「派遣切り」が減っていることなどを理由に開設を見送り、29、30日に大都市部のハローワークを臨時開庁することで対応した。しかし、雇用情勢は依然厳しく、相談に訪れた失業者は口々に苦しい年の瀬を訴えた。

東京都文京区の「ハローワーク飯田橋」。午前10時のオープン前から失業者らの列ができた。ひっきりなしに訪れる人たちはパソコンで熱心に求職情報を探し、窓口では職員が住まいを失った人の相談にも応じた。

練馬区の男性(51)は小さな流通会社を10年間経営してきたが、ここ数年の不景気のあおりを受け会社を整理し、今年1月から職探しを始めた。1年弱で履歴書を送った会社は100社に上り、約30社の面接を受けたが、いまだに再就職先は見つからない。

「何でパパは家にいるの」。中1、小4、小1の3人の子供にこう聞かれるのがつらく、一日中外をぶらつき、3人が寝付くのを待って帰宅する日々が続く。

クリスマスには、子供へのプレゼントのゲームソフトを借金で用意。妻は介護ヘルパーの仕事をしており、年末年始も休めない。生活は苦しく家族だんらんは「夢のまた夢」だ。

29日、ハローワーク飯田橋を視察した細川律夫厚生労働相は「たくさんの人が来ているのを見て雇用状況の厳しさを反映していると感じたが、昨年に比べ困窮者の相談が少ない」と述べた。

しかし、男性は「(細川)大臣は事情が分かっていない。普段のハローワークはパソコン検索が1時間待ち、相談までに2時間待ちで1日がかり。大臣も窓口に座ってみれば実態が分かるはず」と憤る。

43歳の男性は失業保険の相談で訪れた。「月10万円では、家族4人は暮らしていけない」とうなだれる。

派遣で配管工などの仕事を続けてきたが「雇い止め」に遭い、すでに半年以上がたつ。現在は4年制大学への進学を志望する高3の娘を、短大の看護学科へ進学するよう説得中だ。

国はハローワークでの失業者対策の強化や派遣切りの減少を、派遣村の開設を見送った理由にしている。

実際、20年10月から3カ月間で約5万3千人に達した派遣切りは今年、1割以下の約5千人に減った。また、総務省の労働力調査では、11月の完全失業者数は前年より13万人少ない318万人。6カ月連続で減少している。

しかし、雇用が厳しい現状に変わりはない。一昨年の派遣村に関わった労働組合などでつくる「ワンストップの会」も29、30日に東京・新宿駅前で相談会を実施。同会事務局の井上久さんは「路上に多くの人がいる以上、年末年始の住まい対策は行うべきだ」と話す。

ハローワーク飯田橋の相談受付が終了した午後5時。最後に相談を終えた飯塚一史さん(38)は伊豆大島に住み、船で8時間かけて職を探しにきた。

島内の高校を卒業後、20年にわたり北海道、長野などの地方ホテル勤務を続けてきた。しかし昨年12月、契約期間が更新されず失職、実家に戻る。「島内は全く求職がない」。1万円の往復交通費を捻出し2、3カ月おきにハローワーク飯田橋に通うが、この日も職は見つからなかった。

「2年続けて、仕事のないまま年越しを迎えるとは思わなかった。不安でどうしようもない」。午後10時。飯塚さんは重い足取りで東京・竹芝桟橋から帰りの船に乗り込んだ。

編集後記
今まで断片的にしか語られる事がなかった「求人情報の探し方」を10+αの項目に整理して一挙に公開。キャリアコンサルタントである著者が実地活動の中で編み出した求職メソッドは極めて具体的で実践的、すぐにも応募を始めて転職成功に結びつけられるよう工夫がされている。中高年ならぜひ持っておきたい求職バイブル。

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鳥取県日南町でLED照明器具製造販売の釧專c精密が倒産

倒産速報です。鳥取県日南町でLED照明器具製造販売の釧專c精密(代表者:專c敏治)が倒産しました。破産手続き開始決定を受けたいます。負債総額は約1億5000万円です。

会社について
釧專c精密は84年創業。小型精密モーター部品製造会社の下請けが主力で、07年3月期の年商は約2億円あった。
 
倒産の経緯
09年6月に元請け会社が製造部門を大手電子部品メーカーに移管したことで受注がなくなり、10年3月期の年商は約1億円にまで落ち込んでいた。

編集後記
松下幸之助さんのことは、以前から気になっていました。コンビニで偶然見つけて欲しくなり、こちらで購入しました。お言葉が短く同じ分量で2分の1ページずつ掲載されていますので、非常に読みやすいです。まだ読み始めですが、難しい単語は使われていないので、受け入れ易く親しみ易いです。さくさくっと時間があるときに、読んでいます。経営者でなくても、読めます。

松下幸之助一日一話愛蔵版

掃除機、サイクロン主戦場 5万円超、ダイソンに挑む国内勢

吸引力が落ちにくいサイクロン式掃除機の販売が拡大している。今年度を通じた国内の掃除機販売台数に占める比率は4割を超える勢いをみせ、中でも5万円を超える高級機種の売れ行きが好調だ。家電各社は新製品の開発に力を入れており、サイクロン式を開発した元祖の英家電大手ダイソンを交え、シェア争いが激しくなっている。

サイクロン式は吸い込んだ空気を内部で旋回させてゴミと空気を分離する仕組みのため、紙パックが不要で目詰まりが起こらず、吸引力が長持ちしやすい特長を持つ。国内では1999年に製品を投入したダイソンが200万台以上を販売し、市場をリードしてきた。国内の家電メーカーではシャープが99年に初めて発売、他社も続々参入した。

今年のブームの火付け役になった新製品の一つが、パナソニックが9月25日に発売したフィルター付きサイクロン式掃除機「MC−SSシリーズ」(市場想定価格6万〜8万円)だ。

「ゴミ捨てが面倒なうえ、捨てる際に舞い上がる」「音がうるさい」との指摘もあるサイクロン式の弱点を克服するため、ダストボックスをくびれ形にすることでゴミが舞い上がるのを防止。新開発のシリンダーでゴミの分離を高め、手入れの手間を軽減させる工夫も凝らした。

「サイクロンの良さと弱点を考え抜き、不満をすべて取り除いた製品」という自信作は「想定よりも1.5倍の売れ行き」(パナソニック)という。

さらに東芝や三菱電機も高級機種を今年発売し、サイクロン人気を後押ししている。

調査会社GfKジャパンによると、サイクロン式のうち実売価格が5万円以上の製品の販売ランキング(11月)は1位と4位がパナソニック製、2位と3位がダイソン製。サイクロン式全体では東芝、シャープ、日立製作所などの製品も人気がある。これに対し、各社を迎え撃つダイソンは「日本ではサイクロン式の多様化が進んで競争も厳しくなっているが、他社を上回る独自の発想で開発にあたっている」と自信をみせている。

福知山ファミリー閉鎖 38年の歴史に幕

福知山駅北の顔として親しまれた大型商業施設「福知山ファミリー」(京都府福知山市駅前町)が31日閉鎖され、38年間の歴史に幕を下ろす。跡地利用は未定だが、地権者全員の同意が得られれば、所有するNPO法人「京都SEINEN団」(清水三雄理事長)が建物と合わせて売却する方向で調整を進めている。
 
地元商店街有志らの運営会社が1972年に開業。4階建て売り場面積約8千平方メートルで好立地を生かして最盛期には年間300万人を集めたが客足は衰え、2007年に約14億円の負債を抱えて倒産。その後、同法人が取得して再生に取り組んできたが断念した。
 
入居テナントは25日までにほぼ撤退し、31日に最後の1店が閉店する。同法人は「活性化を実現できず残念。幽霊ビルにならないよう管理する」としている。

編集後記
地域経営の新しいパートナーシップ
PPPとは公共サービスを、行政のみならず、民間企業、NPO、住民等と連携し、民間のノウハウ、パワーを活用して提供しようとする考え方。本書は、こうしたPPPについて、その概念や手法等について整理するとともに、国内外で実際に活用された21の事例を採り上げ、そのスキームや効果・課題などについて紹介している。

PPPではじめる実践‘地域再生’

三越伊勢丹が葬祭事業参入へ 「信用」で高齢層獲得 イオンに続き

三越伊勢丹ホールディングス(HD)が、傘下の三越と伊勢丹の約300万人のカード会員を中心に、葬祭関連事業を本格展開することが29日分かった。寺院、ホテルなどでの葬儀やお別れの会の仲介と葬祭業者の紹介に加え、有名料理店の仕出しの受注といった百貨店の独自性を出したサービスを提供する。百貨店は慶事など「ハレ」のサービスが主だったが、葬祭事業への参入で高齢層の顧客獲得を目指す。

来年度の早い時期にスタートする。葬祭事業への本格参入は大手百貨店では初めてで、ライバル百貨店の追随も予想される。

三越と伊勢丹はこれまでも、香典返しなどのギフト対応は行っていた。ただ、顧客から「葬儀はやらないのか」という問い合わせが多く、完全子会社のエムアイカードの事業を拡大し、葬祭事業全般を取り扱うことにした。ノウハウを持たない火葬場の手配などは、外部の葬祭業者との提携を視野に入れている。

葬儀をめぐっては、費用の不透明さや分かりにくさを指摘する消費者の声があり、三越伊勢丹HDの石塚邦雄社長は「顧客から信用をいただいている百貨店として、新たな提案をしたい」と強調する。

流通大手ではイオンが平成21年9月に葬祭業に参入し、分かりやすい葬儀料金を利用者に提示して支持を得ている。ファミリーマートも参入を検討しており、生活に密着したサービスの一つとして、小売業者の参入が相次ぐ見通しだ。

編集後記
「マナー」ということば、最近はあまり耳にしないような…。でも社会人として、ちょっとした気遣いやマナーに無神経でいると恥をかきかねません。たとえば最近はみんなが持っていて当たり前の携帯電話。プライベートならともかく、ビジネスシーンで使う携帯電話のマナーを心得ていますか?本書では、最新のビジネスマナーから、冠婚葬祭、食事やつきあい、手紙など、さまざまな場面での基本マナーを取り揃えました。

知らないとゼッタイ恥をかく社会人のマナー186

<産地偽装>「氷見産ブリ」に疑い 築地卸売業者が調査要望

富山県氷見(ひみ)市の水産物販売業者が「氷見産」として出荷したブリに産地偽装の疑いがあるとして、東京・築地市場の卸売業者らでつくる東京都水産物卸売業者協会が今月、氷見漁業協同組合に調査と改善を求める要望書を出していたことが分かった。漁協は偽装については「確認できない」としているが、年明けにも出荷ケースの統一や識別タグの取り付けなどの対策を検討する。

築地市場関係者などによると、今月13〜15日、氷見産として入荷したブリについて、卸売業者などから「身が細い」などの指摘があり、出荷業者に「間違いなく氷見産かどうか」と確認した。しかし、十分な回答が得られず、同市場の卸売業者5社はこの業者との取引を停止。同協会は氷見漁協に対し、調査などを求める要望書(16日付)を送った。

漁協が出荷業者に事情を聴いたところ、偽装は否定したという。しかし、氷見産ブリは商標登録をしていないほか、識別タグの取り付けなどの制度がなく、別産地のブリが交ざる可能性もある。広瀬達之・同漁協参事は「問題が出た以上、産地を明確にする対策を講じる必要がある」と話し、年明けにも出荷用の箱を統一するなどの対応に乗り出す。

氷見漁港で水揚げされる「氷見ブリ」は脂が乗り身も締まっているとされ、太平洋側のブリの2倍以上の値で取引されるブランド品。重さ10キロ以上だと1匹10万円以上の高値がつくこともある。

編集後記
『経営の神様』松下幸之助の生き方、考え方。
決して難しいことを言っているのではないところがよかったです。
天国からどんな気持ちで、今の日本を、世界をみているのか聞いてみたくなりました。

松下幸之助夢を育てる

日航社員、苦悩の年の瀬…170人整理解雇

経営再建中の日本航空は31日、約170人のパイロットと客室乗務員に対し、整理解雇を実施する

労働組合が解雇無効を求める法廷闘争を準備する中、希望退職に応じた客室乗務員や解雇撤回を求めて闘い続けるパイロットなど、立場は違っても苦悩は年明けも続く。

「裁判まで闘うエネルギーがなかった」。客室乗務員の女性(53)は今月10日、30年以上慣れ親しんだ制服を会社に返した。

伊丹空港に長年勤務していたが、経営破綻で客室乗務員用の事務所が6月に閉鎖、羽田への転勤を通告された。大阪府内の自宅には、抗がん剤治療を続ける闘病中の夫がいたが、「医療費を賄うためにも辞められない」と異動を決意した。

しかし、整理解雇対象の年齢基準に抵触。会社から希望退職を打診され、10月から乗務をはずされた。病気の夫を残しての一人暮らし。加えて2か月も乗務をはずされ、「心が折れた」。

当初、会社側が希望退職の応募期限としたのは11月30日午後1時。悩んだ末、上司に退職を告げたのは期限の5分前だった。今月21日には、神奈川県内の社員寮を引き払い、自宅に帰った。「しばらくは充電期間が必要。今後のことは何も考えていない」

編集後記
経済学が対象とする主要な経済課題の中で、失業問題が近年再び重要性をもち始めた。失業の発生原因は複数要因からの複合体であり、その構成を明確に提示することは困難である。しかし失業問題は雇用問題と同義であり、その解消策は雇用拡大策でもあるため、失業問題のための新たな施策が必要になってくる。本書は、このような失業現象をオーストラリアを対象として解明する。

失業の理論と実証

市況低迷 三菱モルガン証券、希望退職募集

三菱UFJモルガン・スタンレー証券が、来年2月から希望退職者を募集することが30日、分かった。全社員約7000人の3〜4%にあたる200〜300人程度の応募を見込んでいる。株式市場の低迷により厳しい収益環境が続く中、人件費の抑制を図る。

対象となるのは合併前の証券会社(UFJつばさ証券、三菱証券)から通算して勤続5年以上の49〜57歳(来年3月末時点)の総合職。希望があれば45歳以上も受け付ける。

希望者は、同社の「ニューキャリア支援プログラム」(早期退職者優遇制度)で、退職金の割増金を受け取れるほか、再就職支援会社のサービスを無料で利用できる。来年2月中に募集を行い、応募者数次第で来年秋以降も追加募集する。

同社では定年退職した社員を嘱託として再雇用してきたが、収益環境が厳しいうえ、45歳以上の社員が多いことから再雇用制度の継続が難しいと判断した。組織の若返りも図りたいとしている。

編集後記
家庭からふたたび職場へ―、怖いものです。そんなあなたにこの本が力を与え、読めば自信がわいてきます。あなたを迎えいれる手引書です。

主婦の再就職作戦



年の瀬のハローワーク 住まいも金もない…食事券渡す

職も住まいも失った人の年越しを支援するため都市部を中心に全国19カ所のハローワークで臨時に職探しの支援や生活相談が29、30日の両日開かれ、計約6200人が相談に訪れた。東京都は昨年のような「公設派遣村」は開設していないが、住まいも所持金もない求職者約110人に対し、宿泊場所を用意し、食事券を支給した。

首都圏では東京の飯田橋、品川、新宿、木場、府中のほか、横浜、川崎、大宮、千葉の9カ所でそれぞれ午前10時から午後5時まで臨時開庁した。

東京都などによると、都内5カ所には2日間で、計約1200人が来庁した。都では住まいも所持金もない約110人を4日までカプセルホテルなどに案内。5日までの食事代として、1日当たり千円分の食事券を支給した。これらの費用約770万円は国の緊急雇用創出基金でまかなう。

昨年の公設派遣村では就職活動費などとして現金2万円が支給されたが、酒やたばこを買う人が続出。現金を持ったまま宿泊施設に戻らなかった人も多く、支援のあり方に批判の声が上がった。

今年、食事券を支給した理由について都の幹部は、「年明けに労働相談をするまで住まいがない人に対する緊急の措置。ホームレス対策ではない」と説明。昨年の教訓から、換金できない食事券にしたという。

都に提供されたカプセルホテルに29日から宿泊している男性(37)は「あと500円しかないが、1月4日にバイトに行く交通費なので使えない。2日間、食事にもありつけなかった」と話す。10月に勤務先の居酒屋を解雇され、住まいもなく貯金も尽きた。

男性は「ハローワークが開いていて本当に助かった」とほっとした表情を見せた。

編集後記
松下幸之助がとった行動と決断を追体験することで、人生を歩むうえでの頼もしい杖を手にしてほしい——。山本七平賞作家による意欲作。

この著者らしく、神格化された松下幸之助でなく、人使いの厳しさや女性関係まで踏み込んで、人間臭い「経営の神様」像を描いています。

同行二人松下幸之助と歩む旅

「患者には罪がない」―病院が倒産、その時…

9月下旬、大森記念病院を経営する医療法人財団東京厚生会(東京都大田区、徳山代之理事長)が約16億円超の負債を抱えて破産したことは、同月28日に既に報じた。しかし実際は、その数か月前から経営陣のずさんな資金繰りが明らかになり、約130人の病院スタッフらの給与未払いや遅延などから労使間に深刻なトラブルが生じていたのだ。突然の整理解雇という理不尽な形で職場を失い、再就職や転居を強いられることになった元スタッフたちは、病院の倒産という事態をどう見つめていたのか。元スタッフの1人が、倒産に至るまでの驚くべき実態を語ってくれた。

給料が手渡しに
最初におかしいなと思ったのは、振り込みだった給料が手渡しになった3月です。わたしたちの給料は12日締めの25日支払いでしたが、経営側から10日締めにしてほしいと言われました。そうじゃないと、お金の計算が間に合わないと。今考えると、現金で数えなければいけなかったから、1日でも早く締めたいということだったのです。
4月も現金の手渡しでした。さすがに心配になって、5月の給料は大丈夫ですかと聞きに行こうということになったのですが、勤続年数が長い人は「わたしは行かない」という人が多かったです。「上に盾突くような運動には参加しない」と。スタッフの勤続年数は両極端で、1年未満か、10年以上かという感じで、2、3年という中堅がいませんでした。そんな中で、勤めが長い人の多くは「勝手にしなさい。院長はそんな悪いことをするような人じゃない」と、最初は耳を傾けてくれなかったですね。
でも結果的に、5-7月の3か月間は無給でした。この辺りになってくると、勤めが長い人たちもさすがに「(請求書でも)何でもいいからサインする」と言っていましたね。

「1日も待てないのか」と開き直り
5月の給料が出なった時のことですが、5月25日の給料がでなかったのを6月15日に支払うからと経営側から説明がありましたが、実際は支払われませんでした。16日にドクターの1人が理事長に対して、「15日まで待ったけれど、給料は結局出ないのですか」と尋ねました。そうしたら理事長は、「きょうは出せない、明日になる」と。「そんな話は聞いていない」とドクターが切り返したら、「1日もあなたは待てないんですか」と開き直られたというのです。
結局そんなやりとりの後、6月25日の給料日の支払いがなかったことを確認して、その日に多くのスタッフが辞めました。
もし経営側が、「本当に申し訳ない。いまお金が足りなくて」という形で応じてくれれば、あんなにも大勢の人が辞めることはなかったと思います。けれど、まったく悪びれることなく、開き直ってすらいた。今思えば、あのやりとりが引き金だったように思いますね。

閉院ひた隠しに
患者の転院作業を終えた7月9日の時点では、スタッフは130人から8人くらいまで減っていました。
患者の振り分けはスタッフだけではとてもできず、大田区や東京都の職員に協力していただきました。病院に入院されていたのは、脳梗塞などで自分で身の回りのことができない方、そうかといって自宅での家族介護も難しいような、胃ろうや高カロリーの点滴などが必要な方たちばかりでした。入浴はもちろん、トイレや食事もできない全介助が必要で。スタッフがおむつ交換して、体を拭いて、歯磨きもしないといけない。中には自分で歩ける方もいましたが、基本的には身寄りがなくて一人暮らしもできず、生活保護を受けていらっしゃる方がほとんど。

行政の協力もあって、1日で8人、10人という単位でどんどん転院が進んでいきました。しかし外来患者に対しては、院内に閉院を知らせる張り紙をしなかったのです。わたしたちスタッフにも6月30日で閉院することは間違いないが、それを外来で言わないでくれと口止めされていました。
結局、休院のお知らせを張り出したのは、25日ごろでした。それもスタッフの方から、頼むから出してくれと言ってようやくです。もう、口止めしていられるような状態ではなかったですからね。

閉院前は「異様な雰囲気」
閉院前の院内の雰囲気は異様でしたね。本来ならばスタッフが日勤で8-10人いるのが通常の状態でした。当直も必要で、当直の翌日はそのスタッフは休みになります。しかし、6月25日の大量退職で、10人未満になったスタッフで回さなければならず、どうしても手薄になります。そんな中、日勤で目が行き届かず、痰を詰まらせて亡くなってしまった患者さんも実はいらっしゃるんです。他にも、嘔吐物が詰まったりして亡くなったり。
6月末の時点で、まだ半分くらいのベッドが埋まっていました。最後の10日ほどで、ばたばたと転院先が決まって出て行くような感じでした。

とにかく私たちはこういう事態だからといって、落とす命があってはいけないのです。だからその日できることは、とにかく患者さんが痰などで窒息したり転倒したりしないように、ただそれだけを心掛けていました。
それこそ清潔に保つということ、褥瘡があってもそれは二の次です。本当ならば、陰部の洗浄なども毎日しないといけなくて、それで点数を取っていたのですが、そんなことまでとても手が回らない。とにかく少ない人数で危険を回避するのが精一杯でしたね。

患者には罪がない
その時の気持ちというのは、何でお金ももらっていないのにわたしたちが、ということともまた違うのです。もうここまできたら、お金じゃないんです。もちろんお金のことだって、わたし自身は絶対に取り返すというつもりでしたが、いまこの目の前にいる患者は別なのです。皆が手を離してしまったらすぐにでも亡くなってしまいかねない人たちですから。とにかく、患者が全員退院していくまでは最後まで私たちの仕事ですから。そういう思いで残ってやっていました。
患者さんたちも、しゃべることができないような方たちばかりでしたけど、それでもやっぱり表情がありますし、放っておけないですよ。オムツ交換の時だって、行くたびにオムツは尿でビショビショで便が出ている状態ですし、それを放っておくと、床ずれだってできる。そうなると分かっているのにやらないというのは…できないですよね。

だからといって6月25日の給料がでなかった時点で辞めていった人たちを止めることができるかといったら、それもできないですよね。「あなたたちが来なくなったらどうすればいいの」というくらいは言えたかもしれないけど、「じゃあ、お金は誰が払ってくれるの」「貯金はしてきたけど、こんな時のために貯めたお金じゃない」と言う人に、誰も反論はできませんから。

とにかく患者さんとその家族のことを考えると、とても残念です。経営者のあまりにずさんな管理でこんなことになって。医療に携わる一人として、もう少しうまくできなかったのかなあと思います。
労働基準局に行って事情を説明した時、「医療なので営業停止はできない。行政の指導しかできない」と言われました。でも、それを経営側も盾にしていたのです。「患者さんがいるのに、勝手に辞めたりしていいと思っているのか。見殺しにするのか」と。ひどい言い分だと思いましたがそれは事実で、実際に辞められなかったのです。

経営者たちへ
振り返ってみて、今までこんな1年はなかったと思います。本当に特別な経験でした。そもそも患者さんを思って皆で仕事をする業界であるはずで、そこは労使のどちら側にいても共通した思いを持っているものだと思うんです。

経営者たちは、最後まで病院再開にこだわっていました。でもあの時、再開したいと言ったその理由が、少しでも患者のため、地域のためだったのであれば、それを今後、どんな形にしても地域に返してほしい。
もし再開する理由が、ただお金だけが目的だったとしたらあまりに悲しい。何か、人間の最後の部分の良心というのを信じたい気持ちです。少しでも人に喜ばれるようなことをしていてほしいという願いですが、恐らくこの声は届かないのでしょうね。私たちのお給料をストップして、患者も追い出して、それで何も社会に返さないというのは、許されないのではないでしょうか。

【大森記念病院】
徳山診療所として1954年12月に設立、61年に医療法人に改組。大森記念病院に名称変更し、115床を有する医療療養型病床として、身寄りのない高齢患者の長期入院を受けて入れていた。東京商工リサーチによると、2005年3月期には年間診療報酬9億1800万円を計上していた。しかしバブル期の不動産の失敗などにより、多額の負債で資金繰りが逼迫し、今年7月には債権者の大田区が物件を差し押さえるなど、不安定な経営状態だった。8月31日に従業員側から破産が申し立てられ、9月24日付で東京地裁から手続きの開始決定を受けた。

編集後記
松下幸之助の「志」を、没後も受け継ぎ、多くのリーダーを政界に輩出する私塾において、松下が語った「国家論」をまとめた講話集。

とても奥が深く、簡単に描かれいる部分もあるがもっともっと理解し自分のものにしたくなるテーマ描かれています。

松下幸之助が考えた国のかたち

日々の経営に行き詰まりを感じたり、ストレスがなかな取り除けないと思ってダラダラと仕事をしていませんか。
ときには、非日常を求めて、癒しを求めてちょっとだけ旅行でもしてみてはいかがでしょうか。